「今日は何があった?」カレンダー記録で育む:過去と未来をつなぐ子どもの時間感覚
はじめに
子どもたちが時間の感覚を身につける上で、単に「〇時」「〇分」といった概念を理解するだけでなく、時間の「流れ」や「連続性」を感じることは非常に重要です。特に、過去の経験を振り返り、未来のできごとを見通す力は、安定した情緒や自己調整能力を育む基盤となります。
保育現場では、日々の遊びや生活を通して、子どもたちが自然に時間の流れを感じられるような様々な工夫がされています。その中でも、カレンダーへの記録活動は、子どもたちが主体的に時間を捉え、「過去」と「未来」を視覚的に結びつけるための有効な手段となり得ます。
この記事では、カレンダーやその他の簡単な記録活動が、子どもの時間感覚の育ちにどのように役立つのかを解説し、年齢別の具体的な取り組みや、保育現場での実践的なヒント、保護者へのアドバイスについてご紹介します。
カレンダーや記録活動が子どもの時間感覚を育む理由
子どもがカレンダーにシールを貼ったり、絵を描いたり、簡単な言葉を書き加えたりする活動は、単なる作業ではありません。ここには、子どもの時間感覚を育むための大切な要素が含まれています。
- 過去の出来事の「定着」と認識: その日にあった楽しかったこと、頑張ったことなどを記録することで、「今日」という日が過去になり、記憶として定着します。「あの時、こんなことがあったね」と振り返ることで、出来事と時間軸を結びつける経験を重ねます。
- 未来への「見通し」と期待: もうすぐ誕生日、遠足、発表会といった特別な日をカレンダーに印をつけ、そこまでの日数を意識することで、未来の出来事を見通し、それに向けて期待感を高めることができます。「あと〇日寝たら!」といった感覚が育まれます。
- 時間の「流れ」の視覚化: 毎日一つずつ印が増えていく、絵が描き加えられていくことで、時間の経過や連続性を視覚的に捉えることができます。一週間、一ヶ月といったまとまりを意識するきっかけにもなります。
- 時間に対する「主体性」の育成: 自分で記録する、自分で印をつけるという主体的な関わりを通して、時間は誰かに与えられるものではなく、自分自身とも関わるものだという意識が芽生えます。
年齢別・発達段階別の取り組み例
子どもの発達段階によって、カレンダーや記録活動へのアプローチは異なります。それぞれの発達に合わせた具体的な例を見ていきましょう。
乳児クラス(0歳~2歳)
この時期の子どもにとって、カレンダーを見て特定の日を意識することは難しいです。しかし、日々の生活の中で、ゆるやかな時間の流れや繰り返しを感じる経験は重要です。
- 毎日同じ場所に特定の絵や写真を貼る: 朝の会で「今日の絵はこれだよ」と特定の絵や写真を提示し、壁の同じ場所に貼ることを繰り返します。「昨日もあったね」「明日もあるかな」という連続性の感覚を、視覚的な繰り返しを通して感じられるようにします。
- その日の「記録」を保育士側が活用: 子どもの体調、機嫌、食欲、排泄といった日々の変化を記録することは、保育士が子どもの成長や変化、つまり時間の経過を把握するために役立ちます。保護者との情報共有を通じて、「前はできなかったことが今日はできるようになったね」といった声かけに繋げ、子どもの成長(時間の経過)を意識させることができます。
幼児クラス(3歳~5歳)
具体的な出来事と時間を結びつけたり、未来の特定の日に期待を持ったりする経験が増えてきます。主体的な記録活動を取り入れやすい時期です。
- 3歳児:
- 今日の出来事シール: その日にあった楽しかった活動(公園遊び、砂場遊びなど)の簡単なイラストが描かれたシールを用意し、帰りの会などで「今日の楽しかったこと、どれかな?」と問いかけ、子ども自身が選んだシールをカレンダーのその日のマスに貼ります。
- 特別な日の印: もうすぐ誕生日、遠足といった特別な日に、子どもと一緒に分かりやすい絵や大きなシールで印をつけます。当日までの「楽しみに待つ」気持ちを育みます。
- 4歳児:
- 簡単な絵や言葉での記録: その日あった出来事を絵で描いたり、保育士が聞き取った簡単な言葉を書き加えたりします。「〇〇ちゃんと△△で遊んだ」「お歌をうたった」など、具体的な内容に触れることで、記憶の定着を促します。
- 週末や長期休暇明けの振り返り: 週末や長期休暇明けに、「お休みの日、どんなことした?」と尋ね、話を聞きながらカレンダーの該当する日を確認します。過去の出来事を時間軸に乗せて整理する練習になります。
- 少し先の行事までのカウントダウン: 運動会や発表会など、少し先の行事に印をつけ、「あと〇日だね」「一つ印が増えたね」と声かけ、未来への見通しを共有します。
- 5歳児:
- 主体的な絵日記風記録: その日一番心に残った出来事を絵と簡単な文字(ひらがななど)で自由に記録する時間を設けます。自分の経験を言語化・視覚化することで、より深く時間を認識できるようになります。
- 役割と時間の結びつき: 当番活動や係活動のカレンダーを作成し、自分の担当する日や活動にかかる時間を意識するきっかけとします。「明日は僕がお当番だ」「水やりのお仕事は今日の給食の後だよ」といったように、役割を通して時間を意識させます。
- 週や月単位での振り返り: 一週間の終わりに「今週はどんなことがあったかな?」、月末に「今月はこんなことをしたね」と、少し長いスパンでの振り返りを行います。時間軸を広げて捉える力を養います。
集団での活用アイデア
カレンダーや記録活動は、個別の取り組みだけでなく、集団全体で共有することで、時間感覚を育む効果を高めることができます。
- クラスみんなの「今日の出来事カレンダー」: 毎日、子どもたちの活動の中から印象的な出来事や、クラスみんなで取り組んだことを写真やイラスト、簡単な言葉で記録し、大きなカレンダーに掲示します。みんなでその日を振り返り、共有することで、時間の流れの中に「みんなの経験」を位置づけることができます。
- 行事準備カレンダーとカウントダウン: 大きな行事に向けて、準備の段階(小道具作り、練習など)をカレンダーに書き込み、当日までのプロセスを可視化します。毎日一つずつ印をつけてカウントダウンすることで、行事への期待感を共有し、未来へ向かう時間の流れを体感させます。
- 成長記録とカレンダーの連動: 植物の成長観察や、飼育している生き物の変化などを、カレンダーに記録していきます。水やりをした日、芽が出た日、大きくなった様子などを書き込むことで、時間の経過とともに変化が起こることを学びます。
- 目標達成カレンダー: クラスみんなで達成したい目標(〇〇ができるようになったら印をつける、など)を設定し、カレンダーに記録していきます。目標達成までの過程をみんなで共有し、時間の経過とともに自分たちが成長していることを実感します。
日常生活での声かけのポイント
特別な記録活動の時間だけでなく、日々の声かけの中で自然にカレンダーや時間の記録に触れることで、子どもたちの意識を高めることができます。
- 「昨日は雨だったけど、今日は晴れたね。お外でたくさん遊ぼう!」(過去との比較)
- 「この前、〇〇ちゃんがお当番さんだったね。次は△△くんの番だよ。カレンダーで見てみようか。」(役割と時間の結びつき)
- 「今日、こんな素敵な絵を描いたんだね!カレンダーのところに貼っておこう。大きくなったら、いつ描いた絵か分かるね。」(記録の価値を伝える)
- 「この春、みんな一つ大きくなるんだね。この一年でできるようになったこと、カレンダーを見ながらお話ししてみようか。」(長期的な時間の流れと成長)
- 「来週の金曜日はお弁当の日だよ。カレンダーのこの日だよ。楽しみだね!」(未来への見通しと期待)
保護者へのアドバイス例
園での取り組みを家庭と連携させることで、子どもの時間感覚はより豊かに育まれます。保護者会や個人面談、おたよりなどで、カレンダーや記録の重要性について伝え、家庭での実践を促すことができます。
- 「園では、カレンダーに日々の出来事を記録する活動を通して、子どもたちが時間の流れを感じられるように工夫しています。ご家庭でも、園で作ったカレンダーをぜひお子様と一緒に見返してみてください。『この日、〇〇したね!』と声をかけていただくことで、お子様は楽しかった出来事を時間と結びつけて記憶することができます。」
- 「特別な日だけでなく、お子様の『はじめて』の経験(はじめて立った日、はじめて自転車に乗れた日など)を、カレンダーや簡単なノートに記録しておくことをお勧めします。後で見返した時に、『こんなに大きくなったんだね』と成長(時間の経過)を実感でき、お子様の自己肯定感にも繋がります。」
- 「週末の予定を立てる際に、簡単なカレンダーやメモを使って、お子様と一緒に『明日は△△に行って、明後日は〇〇するんだよ』と確認する習慣をつけると、短い期間ですが未来を見通す練習になります。」
- 「お子様が過去の出来事を楽しそうに話している時は、『いつのことだったかな?』『あの時のことだね』と相槌を打ちながら、時間軸を意識させるような声かけを優しく投げかけてみてください。」
まとめ
カレンダーへの記録活動や、日々の生活の中での簡単な記録は、子どもたちが時間の流れを視覚的に捉え、過去の経験を定着させ、未来を見通す力を主体的に育むための有効な手段です。
年齢や発達段階に合わせた声かけや活動を取り入れることで、子どもたちは「今日」という日が過去から未来へと続く時間の中の一点であることを認識し、やがて時間の感覚を豊かにしていくでしょう。
日々の小さな記録が、子どもたちの未来への大きな一歩となるよう、温かくサポートしていきましょう。