集中と退屈で変わる時間の流れ:子どもが感じる『長い時間』『短い時間』の理由と保育のヒント
子どもにとっての「時間」とは? 体感時間の不思議
保育の現場では、「まだ遊ぶ時間?」「もうお片付け?」といった子どもの声を聞くことがよくあります。あるいは、同じ30分でも、ある活動では「あっという間だった!」と感じるのに、別の活動では「まだかな…」と長く感じているように見えることがあります。
これは、子どもが物理的な時間(時計で測る時間)だけでなく、「体感時間」という独自の時間の流れを感じているためです。特に、子どもの心理状態は、この体感時間に大きな影響を与えます。
この記事では、なぜ子どもが同じ時間でも長く感じたり短く感じたりするのか、その理由を解説し、体感時間のギャップを理解し、子どもの時間感覚を育むための保育現場での具体的なヒントをご紹介します。
なぜ時間の感じ方が変わるのか? 体感時間のメカニズム
大人の私たちも、楽しい時間は短く、退屈な時間は長く感じる経験があります。これは子どもも同様で、むしろ心理状態が時間感覚に与える影響が大きい傾向があります。
- 集中している時:「あっという間」に感じる時間 子どもが好きな遊びや活動に夢中になっている時、脳は活発に働き、ドーパミンなどの神経伝達物質が分泌されます。この状態では、外部からの刺激や時間の経過に対する注意が低下し、目の前の活動に没頭します。結果として、物理的な時間よりも、時間の流れが速く感じられ、「あっという間」に時間が過ぎたと感じやすいのです。
- 退屈している時や待っている時:「まだかな」と長く感じる時間 一方で、興味を引かれない活動に取り組んでいる時や、何かを待っている時、脳の活動は相対的に低下します。また、注意が「時間の経過そのもの」や「次の出来事」に向きやすくなります。時間経過を意識するほど、時間の流れが遅く感じられ、まだ少ししか経っていないのに長く感じたり、「まだ終わらないのかな」と感じたりします。
このように、子どもの体感時間は、その時の興味や集中度、感情といった心理状態に大きく左右されます。これは時間の感覚が未発達であることと同時に、非常に人間らしい感覚とも言えます。
体感時間のギャップに寄り添う保育のヒント
子どもの体感時間は、物理的な時間とは異なります。この違いを理解し、子どもの感じ方に寄り添うことが、時間感覚を楽しく身につける上で非常に重要です。
1. 子どもの言葉や態度から体感時間を読み取る
子どもが「まだ?」「いつ終わるの?」と言う時は、退屈していたり、待ちくたびれていたりするサインかもしれません。「もう終わり?」「もっとやりたい!」と言う時は、集中していて、時間が短く感じられたサインです。
- 声かけの例:
- 「まだかな?」と聞かれたら:「〇〇が終わったら、次はこの遊びをしようね」「この砂時計の砂が全部落ちるまで待ってみようか」など、次に起こることや、目で見える時間の区切りを示すことで、見通しを持たせ退屈さを軽減します。単純に「もう少し」と言うより効果的です。
- 「もう終わり?」と聞かれたら:「本当に楽しかったね!」「もっとやりたかったね」と気持ちを受け止め、共感を示すことが大切です。その上で、「この遊びの続きはまた明日しようね」「お片付けが終わったら、今度はこんなことをして遊ぼうか」など、次の活動や未来への期待に繋がる言葉かけをします。
2. 活動内容と時間のバランスを考慮する
子どもの体感時間を考慮して、活動の時間を設定したり、内容を工夫したりします。
- 集中が期待できる活動: 興味や関心が高いテーマの活動や自由遊びの時間は、子どもが集中して取り組めるよう、ある程度まとまった時間を確保することを検討します。ただし、ダラダラと続くのではなく、「この遊びは△時までだよ」「このブロックは机の上で遊ぶ時間だよ」など、空間や時間の区切りを意識できる声かけや環境設定も併せて行います。
- 集中が難しい活動: 一斉活動やルールのある活動で、子どもが退屈しやすい場合は、時間を短く設定したり、活動の中に子どもが興味を持つ要素を盛り込んだり、変化をつけたりする工夫が必要です。全員が同じペースでなくても良い場面では、個別に対応することも検討します。
3. 「見える時間」で物理的な時間を示す
砂時計やタイマー、絵カードなど、「見える時間」を活用することで、物理的な時間の経過を子どもに分かりやすく伝えます。これは、体感時間と物理的な時間のギャップを意識するきっかけにもなります。
- 遊びへの活用例: 「この砂時計の砂が全部落ちるまで、競争しよう!」「タイマーが鳴るまで、このおもちゃでお家を作ってみよう」など、遊びの中に時間を取り入れることで、楽しみながら物理的な時間の長さを体感できます。
- 活動の切り替え: 終わりの合図の前に「あと〇分だよ」「砂時計がここまできたらお片付けだよ」など、予告を入れることで、心理的な準備を促し、急な活動終了による混乱や不満を軽減できます。
4. 年齢別の配慮と集団での対応
- 乳児クラス: まだ物理的な時間は理解できません。子どもの生理的なリズムや興味の赴くままに寄り添い、心地よい時間の流れを大切にすることが基本です。活動の切り替えは、無理強いせず、眠い、お腹が空いたといったサインを見逃さないようにします。
- 幼児クラス: 少しずつ時計の数字や「〇分」といった時間単位に触れる機会を増やします。例えば、「長い針が△になったらお集まりだよ」など、具体的な目印を使って予告します。集団活動では、みんなで時間を意識するような声かけ(「みんなで力を合わせたら、あと〇分で終わるかな?」)を取り入れつつ、特定の活動に没頭する子や、早く飽きてしまう子など、個々の体感時間の違いにも配慮が必要です。個別の声かけや、活動の選択肢を用意することも有効です。
5. 保護者への情報提供
子どもの体感時間の不思議や、それが保育にどう活かされているかを保護者に伝えることも大切です。
- 伝達事項の例: 「今日、〇〇くんはブロック遊びに夢中で、時間の感覚を忘れるほど集中していました。〇〇ちゃんは、おままごとの順番を待つのが少し長く感じたようでした。このように、子どもたちはその時の気持ちで時間の感じ方が変わります。園では、砂時計やタイマーなどを使って、遊びの中で時間を感じる機会を作っています。」など、具体的なエピソードを交えて伝えます。
- 家庭でのアドバイス例: 家庭でも「この絵本を読み終わったらお風呂だよ」「タイマーが鳴ったら、おもちゃを片付けようね」など、具体的な区切りや「見える時間」を使って、時間と行動を結びつける声かけの例を伝えることができます。
まとめ
子どもが「まだ?」と感じる時間も、「あっという間」と感じる時間も、その子自身の内面から生まれる自然な感覚です。物理的な時間と体感時間のギャップがあることを理解し、頭ごなしに「まだ時間じゃない」「もう時間だよ」と伝えるのではなく、子どもの感じている時間に寄り添うことから始めましょう。
子どもの体感時間に寄り添いつつ、遊びや日常生活を通して物理的な時間や時間の見通しを分かりやすく伝える工夫を重ねることで、子どもたちは時間を意識し、やがて自分自身で時間と上手に付き合っていく力を育んでいくことができるでしょう。