子どもの「体感時間」に寄り添う:遊びや声かけで育む時間感覚の多様性理解
子どもの「体感時間」とは何か
私たちは日々の生活の中で、「楽しい時間はあっという間に過ぎた」「退屈な時間は長く感じた」のように、客観的な時計の時間とは異なる時間の感じ方をすることがあります。子どもたちも例外ではなく、むしろ大人以上に、その時の感情や活動への集中度によって、時間の流れを主観的に捉える傾向があります。この個人的な時間の感じ方を「体感時間」と呼ぶことがあります。
子どもにとって、時間とは単に時計の数字や針が示すものではありません。自分が何を感じ、何をしているかによって、時間の流れが速くなったり遅くなったりする不思議なものとして体験されています。この体感時間は、子どもの内面的な世界を映し出すものであり、その時の感情や興味の対象を理解する手がかりともなります。
保育の現場で、この子どもの体感時間に寄り添うことは、単に時間を伝えるだけでなく、子どもの感情や状態を深く理解し、共感的な関わりを築く上で非常に重要です。また、体感時間と客観的な時間の違いに気づくことは、子ども自身が時間という概念をより多角的に捉え、自己理解や他者への共感力を育む機会にも繋がります。
ここでは、子どもの体感時間に寄り添い、それを遊びや声かけの中で活かす具体的なヒントをご紹介します。
体感時間に寄り添う声かけの工夫
子どもの体感時間を受け止め、言葉にすることは、子どもが自分の感じていることへの気づきを深める第一歩となります。
- 感情と結びつける声かけ:
- 楽しい遊びの終わりが近づいた時:「わあ、もうこんな時間!△△ちゃん、この遊びすごく楽しかったから、あっという間に感じたかな?」
- 待ち時間が長かった時:「〇〇君、待つの大変だったね。長く感じたかな?早く遊びたい気持ちだったもんね。」
- 集中して取り組んでいた時:「すごい集中力だったね!時間が経つのも忘れるくらい夢中になってたね。」
- 体感時間と客観的な時間の違いを伝える声かけ:
- 子どもが「もう終わり?」と言った時(まだ時間がある場合):「まだ大丈夫だよ。時計の針はまだ少ししか動いてないから、あと〇分(やること)できる時間があるね。」
- 子どもが「まだこれしか経ってないの?」と言った時(長く感じている場合):「そうか、まだ△分しか経ってないけど、〇〇君には長く感じるんだね。何かしてたら早く感じるかな?」
- 未来の体感時間を想像させる声かけ:
- 楽しい行事の前日:「明日の遠足、きっとすごく楽しいから、時間が経つのあっという間に感じるだろうね!」
- 少し難しい活動に取り組む前:「これは少し時間がかかるかもしれないけど、できた時のことを考えたら、あっという間に感じるかな?」
こうした声かけは、子どもの体感している時間を否定せず、受け止め、客観的な時間との違いや、感情との関連性に子ども自身が気づくきっかけを作ります。
遊びや活動で体感時間を意識するアプローチ
遊びや日常生活の中で、意図的に体感時間を意識する場面を作ることで、子どもの時間感覚をより豊かに育むことができます。
- 「あっという間」を体験する遊び:
- 子どもたちが大好きな特定の遊び(鬼ごっこ、ダンス、砂遊びなど)の時間を設定し、終わった後に「今日の鬼ごっこ、楽しかったね!時間が経つの、あっという間だった?」と問いかけ、共有する。
- 短い時間(例:3分)で集中して何かを作るゲーム。「短い時間だけど、夢中になってたらあっという間にできるかも!」と声をかけ、挑戦後体感時間を振り返る。
- 「長く感じる時間」を乗り越える・意味付ける:
- 順番を待つ時間に、「この待ち時間、少し長く感じるかもしれないね。でも、この時間にお友達と『あっち向いてホイ』をしたら、あっという間に感じるかな?」「絵本を読んで待とうか、そうしたら時間が早く進むかもね。」と、待ち時間を楽しく過ごすアイデアを提案する。
- 片付けの時間など、子どもにとって少し長く感じる可能性のある活動に、「この〇分間は、明日も気持ちよく遊ぶために大切なお片付けの時間だよ」と意味付けを伝える。
- 体感時間を「見える化」「共有」する:
- 砂時計やキッチンタイマーなど「見える時間」の道具を使いながら、特定の活動(例:粘土遊び)を〇分間行い、「この〇分間、どう感じた?」と問いかけ、子どもたちの体感時間を共有する。「△△君は長く感じたんだね」「〇〇ちゃんはもっとやりたかったから短く感じたんだね」など、多様な感じ方があることを伝える。
- 一日の活動を振り返る時に、「朝のお集まりはどんな時間だった?」「今日の戸外遊びは?」「給食は?」と、それぞれの活動の体感時間について聞き合い、時間の流れを体感と結びつけて振り返る機会を持つ。
年齢別のアプローチ例
子どもの発達段階によって、体感時間へのアプローチも調整が必要です。
- 乳児(0歳〜1歳児):
- まだ言葉での時間の理解は難しいため、体感時間を直接言葉で共有するより、子どもの「今」の感情やペースに寄り添うことが中心となります。
- 授乳や睡眠、遊びなど、心地よい時間にはゆったりと、不快なこと(おむつ交換、予防接種など)は手早く済ませるなど、保育者の関わり方で時間の感覚を伝えます。
- 特定の活動に集中している時、その表情や仕草を言葉にし、「△△、この遊び楽しいね、夢中になっているね」と共感的に関わることで、心地よい時間の体験を積み重ねます。
- 幼児(2歳〜3歳児):
- 「楽しい」「いやだ」といった感情表現が豊かになる時期です。遊びの終わりなどに、「もっと遊びたいね、楽しい時間だったね」と共感し、「あっという間だったね」などの言葉を添え始めます。
- 短い待ち時間に見通しを持たせる声かけ(「〇〇君の次だよ」「△△してからね」)に加え、「少しだけ待とうね。絵本を1冊読んだら順番かな?」など、具体的な活動と時間を結びつけることで、待ち時間の体感に寄り添います。
- 幼児(4歳〜5歳児):
- 客観的な時間や数の理解が進み始めるため、体感時間と客観的な時間の違いについて、より具体的に言葉にして共有することが可能になります。
- 砂時計や簡単なタイマーなどを使い、「この5分、△△君はどう感じた?長い?短い?」と問いかけ、多様な体感時間があることをみんなで話し合います。
- 「どうしたら時間が早く感じるかな?」と子ども自身に考えさせるなど、体感時間への主体的な気づきや工夫を促します。
集団での活用と保護者へのアドバイス
集団で体感時間について話し合う機会を持つことは、多様な感じ方があることを知り、他者への共感を育む良い機会となります。また、園での取り組みを保護者と共有し、家庭でも意識してもらうことで、子どもの時間感覚の育ちをより豊かにサポートできます。
- 集団での共有:
- 今日の活動の振り返りの時間などに、「今日の〇〇遊び、時間が経つのが早かった人?」や「少し待つ時間があったけど、長く感じた人?」と問いかけ、手を挙げてもらうなどして、みんなの体感時間を共有します。これにより、同じ時間でも人によって感じ方が違うことを自然に学びます。
- 集団での手遊びや歌、簡単なゲームなどを待ち時間に取り入れることで、集団で体感時間を共有し、「みんなでやったらあっという間だったね!」といった気づきを促します。
- 保護者へのアドバイス例:
- 「園では、子どもたちが遊びに夢中になったり、少し待ったりする時間で、時間の感じ方が違うことに気づくような声かけをしています。」と、園での取り組みを伝えます。
- 「ご家庭でも、お子さんが『楽しい!』と感じている時や、反対に少し退屈そうな時に、『今、時間が経つのどう感じる?』と優しく問いかけ、体感時間について親子で話す機会を持ってみてください。」と具体的な声かけ例を提案します。
- 「お子さんが何かを待つ時に、一緒に短い歌を歌ったり、数を数えたりするなど、時間を埋める工夫をすることも、待ち時間の体感を変えるサポートになります。」と、家庭で実践できるアイデアを伝えます。
まとめ
子どもの「体感時間」は、その時の感情や状況に深く結びついた、主観的な時間感覚です。この体感時間に寄り添い、遊びや声かけを通して子どもたちと共有することは、子ども自身の感情理解を深め、時間という概念への興味を引き出す貴重な機会となります。
客観的な時計の時間だけでなく、子どもがどのように時間を感じているかに目を向け、それを受け止める丁寧な関わりは、子どもが時間感覚の多様性に気づき、自己理解や他者への共感を育む基盤となります。日々の保育の中で、子どもたちの様々な「体感時間」に寄り添い、時間とのより良い関係を築くサポートをしていきましょう。