約束の時間に遅れたら?:失敗から学ぶ時間感覚と保育のヒント
保育現場では、遊びや活動の切り替え、準備や片付けなど、子どもたちが「時間通り」に行動することが求められる場面が多くあります。しかし、子どもたちの時間感覚は未発達であり、時に約束の時間に間に合わない、活動からスムーズに移行できない、といった状況が起こることは自然なことです。
このような「時間通りにいかなかった」という経験は、単に叱責の対象とするのではなく、子どもたちが時間感覚を学び、自己調整力を育むための大切な機会と捉えることができます。この記事では、子どもたちが時間通りに行動できなかった際に、保育者がどのように関わることで、失敗から学びを得て次につながる力に変えていけるのか、具体的なヒントをご紹介します。
なぜ「時間通りにいかない」のか?:子どもの時間感覚の特性を理解する
子どもたちが時間通りに行動できない背景には、発達段階における時間感覚の特性が関係しています。
- 抽象的な概念の理解が難しい: 「5分」「10分」といった時間単位は抽象的であり、子どもにとっては具体的な長さとして捉えにくいものです。
- 体感時間: 楽しいことや集中している時間はあっという間に感じ、つまらないことや待つ時間は長く感じます。これは子どもの体感時間であり、時計の時間とは異なります。
- 見通しの難しさ: 次の活動や、その活動にかかる時間を予測することが苦手です。準備や片付けにどれくらいの時間がかかるか、見通しが立たないため、つい遅れてしまうことがあります。
- 衝動性: 目の前の楽しい活動や気になるものに注意が向きやすく、次の行動への切り替えが難しいことがあります。
これらの特性を踏まえ、子どもが時間通りに行動できなかった場合でも、「なぜ間に合わなかったのか」を子どもの視点に立って理解しようとすることが第一歩となります。
「時間通りにいかなかった」ときの具体的な関わり方
子どもが約束の時間に間に合わなかったり、活動の切り替えが遅れたりした際に、どのように声をかけ、関わることが学びにつながるのでしょうか。
- まずは気持ちを受け止める:
- 「遊びたかったんだね」「楽しかったね」など、まずは子どもの気持ちや行動の背景にある思いに寄り添います。頭ごなしに叱るのではなく、一度受け止める姿勢を示すことが、子どもが安心して次の声かけに耳を傾ける土台となります。
- 状況を具体的に伝える:
- 「もうすぐお片付けの時間だよ、と教えていたね」「この活動は〇時までだったね」など、何が約束だったのか、どのくらいの時間があったのかを具体的に伝えます。責めるような口調ではなく、事実を伝えるように話します。
- 原因を一緒に考える(問いかけ例):
- 「どうして間に合わなかったのかな?」「何か夢中になってたものがあった?」「お片付け、少し時間がかかったかな?」など、子ども自身が理由を考えるきっかけとなるような問いかけをします。
- すぐに答えられない場合でも、「あの遊び、すごく面白かったからかな?」「おもちゃがたくさんあったからかな?」など、保育者から可能性を提示することも有効です。これは、時間管理がうまくいかなかった原因を、子どもが理解できるようサポートする試みです。
- 次にどうするかを考える(未来への見通し):
- 失敗した原因を踏まえ、「次からはどうしたら間に合うかな?」「もっと早く準備を始めるにはどうすればいいかな?」と、未来の行動に目を向けた問いかけをします。
- 具体的なアイデアを一緒に考えます。「時計をこまめに見ようね」「お片付けの前に、あと少しで終わりだよ、って教えてね」「タイマーが鳴ったらすぐに始めようね」など、子どもが取り組みやすい具体的な方法を見つけます。
- できたこと、変化したことを認める:
- もし、時間通りにはいかなくても、「片付けは少し早く始められたね」「次はタイマーを意識してみよう、って自分で考えられたね」など、少しでも行動に変化があったり、自分で気づきを得たりした点を具体的に褒めます。成功体験を積み重ねることで、次への意欲につながります。
年齢別の対応例
子どもの発達段階によって、声かけや関わり方のポイントは異なります。
- 乳児(0-2歳児クラス):
- 言葉で「時間通り」を理解することは難しいため、まずは生活リズムを安定させることが重要です。食事、遊び、睡眠などの時間が概ね決まっていることで、子どもは体の感覚を通して時間の流れを感じ取ります。
- 活動の切り替え時は、ゆったりとした声かけ(「おやつにしようね、準備するよ」など)や、抱っこや手をつなぐなどの触れ合いを通して、次の活動への移行をサポートします。待たせすぎないよう、保育者が準備を工夫することも大切です。
- 幼児(3-4歳児クラス):
- 簡単な言葉での説明や、具体的な見通しを伝える声かけが有効です。「この絵本を読んだら、外遊びに行こうね」「時計の短い針がここにきたら、お片付けだよ」など、具体的な基準を示します。
- 時間通りに行動できなかった場合も、簡単な言葉で理由を伝え(例:「お片付けが間に合わなかったから、お外に行く時間が少し短くなっちゃったね」)、次にどうすれば良いかを一緒に考えます。「次はお片付け、早く始められるかな?」など、簡単な目標を設定することも良いでしょう。
- 幼児(5歳児クラス以上):
- 自分で時間を意識し、行動を調整していく力が育ち始める時期です。活動にかかる時間を予測してみる機会を作ります。「このお絵描き、何分でできるかな?」と問いかけ、実際に測ってみるなどの遊びを通して、時間見積もり力を養います。
- 時間通りにいかなかった場合も、子ども自身に振り返る機会を設けます。「どうして間に合わなかったと思う?」「次に同じことをするとき、どうすればいいかな?」と問いかけ、自分で考え、計画を立てる経験を促します。失敗を次に活かす経験を積み重ねることが重要です。
集団活動での応用と個別対応
集団での活動では、全体の流れをスムーズにするために時間管理が重要になりますが、個別の子どものペースや課題にも配慮が必要です。
- 集団全体で時間を意識する工夫:
- チャイムや特定の音楽、歌などを使い、活動の開始や終了、切り替えの合図とします。視覚的なタイマー(砂時計やデジタルタイマー)を見える場所に置くことも有効です。
- 活動前に全体の流れとそれぞれの活動時間について、子どもたちが理解できるよう説明します。「まず〇分で〇〇をして、そのあと〇分で〇〇をして…」など、短い時間でも具体的な見通しを共有します。
- 時間管理が難しい子への個別サポート:
- 全体への合図に加え、その子に合わせた個別的な声かけや視覚的なサポートを行います。「あと〇分だよ」「そろそろ次だよ」と優しく声をかけたり、その子の近くに砂時計を置いたりするなど、具体的な働きかけを行います。
- 特定の子どもが繰り返し時間管理につまずく場合は、原因(集中しすぎる、飽きっぽい、見通しが立たない、など)を観察し、その子の特性に合わせた声かけや環境設定を検討します。
- 成功体験の共有:
- 集団の中で、時間通りに行動できた子や、以前より早く準備できるようになった子など、成功体験を具体的に認め、みんなで共有することで、他の子どもたちの意欲にもつながります。
保護者へのアドバイス
家庭での時間感覚の育みについて、保護者と情報を共有し、連携することも重要です。
- 園での取り組みを伝える:
- 「園では時間通りに行動できなかった時に、一緒に理由を考えて、次にどうするかを話し合うようにしています」など、園での具体的な関わり方を伝えます。
- 「失敗を責めるのではなく、次につながるように声かけをすること」の重要性を共有し、家庭でも同じような声かけを意識してもらうようお願いできます。
- 家庭でできるヒントを伝える:
- 「お出かけ前の準備に、一緒に時間を意識してみませんか?」「朝起きてから家を出るまでの流れを、簡単な絵カードで示してみるのも良いかもしれません」など、家庭で無理なく取り入れられる時間感覚を育むヒントを紹介します。
- 遊びに夢中になっている時に、急にやめさせるのではなく、「あと〇回やったら終わりにしようね」「この時計の短い針がここまで来たら、ご飯にしようね」など、見通しを持たせる声かけの有効性を伝えます。
まとめ
子どもが時間通りに行動できなかったという経験は、一見ネガティブな状況に見えるかもしれませんが、実は子どもたちが時間感覚をより深く理解し、自分で時間を意識して行動する「自己調整力」を育むための貴重な機会です。
保育者は、このような状況において、子どもを責めるのではなく、子どもの気持ちに寄り添い、「なぜ」を一緒に考え、「次にどうすれば良いか」を共に探求する伴走者となることが重要です。失敗から学びを得る経験を積み重ねることで、子どもたちは時間に対するより良い見通しを持ち、自分で考え行動する力を身につけていきます。
日々の保育の中で、子どもたちが「時間通りにいかない」という経験を通して、未来への見通しを持つ力や、自分の行動を調整する力を楽しく育んでいけるよう、丁寧に関わっていくことが大切です。