思い出とともに時間を刻む:過去の経験を振り返る保育アプローチ
過去を振り返ることが子どもの時間感覚を育む意義
子どもにとって時間の概念は非常に抽象的であり、「いつ」「どのくらい前」といった感覚を掴むことは容易ではありません。しかし、子どもが実際に経験した出来事や、その時に抱いた感情と時間を結びつけることで、時間の流れをより具体的に捉える手助けとなります。
過去の出来事を振り返る活動は、単に記憶を呼び起こすだけでなく、「あの時、〇〇があったね」「それは△日前のことだったね」というように、特定の出来事を時間軸上の点として位置づける練習になります。これは、抽象的な時間の概念を、具体的な体験という「錨(いかり)」で現実世界に固定するような役割を果たします。このような経験を積み重ねることで、子どもは過去、現在、未来という時間軸を意識し、自身の体験がその流れの中にあることを少しずつ理解していくのです。
また、楽しかった出来事や頑張った経験を振り返ることは、自己肯定感を育み、記憶力の向上にも繋がります。保育現場において、日々の保育活動や行事、子どもたちの些細な発見などを丁寧に振り返る時間を設けることは、子どもの時間感覚の育成に繋がる有効なアプローチと言えるでしょう。
保育現場で実践できる!過去の振り返りを促す具体的なアプローチ
過去の出来事を振り返る機会は、特別な時間だけではなく、日常の中にたくさん見出すことができます。以下に、具体的な声かけや活動の例をご紹介します。
1. 日常生活での声かけの工夫
- 具体的な出来事と結びつける:
- 「さっきまで、お外でお砂遊びしてたね。楽しかったね。」
- 「午前中、みんなで歌った歌、元気が出たね。」
- 「きのう作ったお製作、どこに飾ろうか?」
- 「この前みんなで行った公園、ブランコ高かったね!」
- 時間に関する言葉を添える:
- 「先週の月曜日、雨が降ってたけど、今日は晴れて気持ちいいね。」
- 「夏になったら、水遊びができるかな?去年の夏も楽しかったね。」
- 「朝来た時は泣いていた〇〇ちゃん、今は笑顔で遊んでるね。」(短い時間の変化)
- 感情や発見と結びつける:
- 「あの時、ちょうちょを見つけて、びっくりしたね。」
- 「〇〇くんが転んじゃったけど、すぐに起き上がってえらかったね。それは今朝のことだったよ。」
2. 遊びや活動への応用
- 「思い出の絵」や「思い出の制作」:
- 楽しかった出来事(誕生日会、遠足、運動会など)をテーマに、絵を描いたり、廃材などでその時の情景を再現したりします。
- 完成したら「いつ作ったの?」「これは何を描いたの?」と尋ね、出来事と制作の時期を結びつけます。作品展などで飾る際にも、「〇月に作った作品です」と添えることで、保護者にも時間の経過を伝えることができます。
- 「あの時アルバム」や「思い出ノート」:
- 日々の保育活動の写真を貼り、子どもと一緒に簡単な言葉や絵で出来事を記録します。
- 定期的にみんなで見返したり、個人ファイルとして保護者と共有したりします。「この写真、〇〇が△△してるね!これは一昨日かな?」のように、具体的な話題とともに時間を意識させます。
- 「思い出カルタ」やクイズ:
- 園で経験した出来事(楽しかった遊び、面白かったハプニング、見つけた生き物など)をテーマにしたカルタやクイズを作ります。
- 札の裏に簡単な日付や季節を書いておくと、より時間との結びつきが強くなります。「運動会で〇〇先生が△△した時、みんな大笑いしたね!それはいつかな?」
- 出来事のごっこ遊び:
- 過去に楽しかった行事や遠足の様子を、ごっこ遊びで再現します。役割分担をしたり、小道具を用意したりすることで、より具体的に出来事を追体験できます。「去年の発表会、楽しかったね!先生役やってみようか?」
年齢別の対応のポイント
子どもの発達段階によって、過去を振り返る際の理解度や関心は異なります。
- 0歳児・1歳児:
- 短いスパン(数分前、午前中など)の出来事を、具体的な感覚や行動と結びつけて声かけます。「さっきまで泣いてたけど、抱っこされて安心したね」「お腹いっぱいになって眠くなったね」
- 繰り返し起こる日課(ミルク、お昼寝、散歩など)を通して、時間の流れを肌で感じられるように関わります。
- 直前の楽しかったこと(遊んでいたおもちゃ、見ていた絵本など)を「〇〇、面白かったね」とすぐに振り返ります。
- 2歳児・3歳児:
- 一日の出来事や、数日前の出来事も少しずつ振り返られるようになります。
- 写真や簡単な絵、実際の制作物を見ながら話すと、記憶を呼び起こしやすくなります。「このお砂場で作ったお山、大きかったね!きのう作ったんだよ。」
- 楽しかった出来事の感情を共有することを重視します。
- 4歳児・5歳児:
- 数週間前、数ヶ月前の出来事も振り返り、季節や行事と関連付けて話せるようになります。
- 友達と互いの思い出を共有する時間を設けると、より多角的に過去を捉えられます。
- 思い出を絵や言葉で表現する活動(絵日記、思い出帳など)を取り入れることができます。未来の行事(クリスマス、発表会など)を意識させ、「あの〇〇の時から、もう〇ヶ月経ったね。次の△△はもう少しだね」のように、過去と未来を繋げる声かけも有効です。
集団での活用と保護者へのアドバイス
集団で過去の出来事を振り返ることは、共通体験を共有し、一体感を育む機会にもなります。例えば、週の終わりの集会で「今週楽しかったこと」を一人ずつ発表したり、クラスの壁面に「〇月の思い出コーナー」を設けて写真を貼ったり、子どもたちの絵や制作物を展示したりします。みんなで同じ写真を見ながら「この時、〇〇が〇〇してたね!」と盛り上がることで、楽しみながら時間感覚を意識させることができます。
保護者会や連絡帳などを通して、園でどのような振り返り活動を行っているか伝えることも大切です。家庭でも、夕食の時間に「今日一番楽しかったことは何?」と尋ねたり、週末に「今週頑張ったこと」や「面白かった出来事」を話す時間を持ったりすることを勧めることができます。スマートフォンの写真や動画を見ながら一緒に話すことも、過去の出来事を具体的に思い出し、時間を感じる良いきっかけになることを伝えると良いでしょう。
まとめ
過去の出来事を振り返る活動は、子どもが経験と時間を結びつけ、抽象的な時間概念を自分のこととして捉えるための重要なステップです。日々の声かけ、遊びや活動への工夫、そして年齢に応じたきめ細やかな関わりを通して、子どもたちは楽しかった思い出とともに、時間の流れを自然に感じ取っていくことでしょう。保育現場で、子どもたちの「あの時ね!」という言葉に耳を傾け、時間感覚を育む豊かな対話を広げていきましょう。