「急ぐ」や「ゆっくり」を通して感じる時間の流れ:保育現場でできる体感アプローチ
「急ぐ」と「ゆっくり」の体験が育む時間の感覚
子どもたちが時間の感覚を身につける過程で、単に時計の読み方を覚えるだけでなく、時間の「長さ」や「流れ」を体感的に理解することは非常に重要です。特に、「急ぐ」という活動と「ゆっくり」という活動を経験することは、同じ時間であっても活動内容によって時間の感じ方が異なることを学び、時間に対する多様な感覚を養う機会となります。
保育現場において、意図的に活動のペースに変化をつけることで、子どもたちは時間と活動の関係性を肌で感じ取ることができます。これは、単調な時間の流れではなく、活動や状況によって時間の感覚が変化するという複雑さを理解する第一歩となります。
なぜ「急ぐ」「ゆっくり」が時間感覚の学びに繋がるのか
時間の長さや流れは、子どもにとって非常に抽象的な概念です。しかし、「このおもちゃを〇分で片付けよう(急ぐ)」や「この絵をじっくり描こう(ゆっくり)」といった具体的な活動と結びつけることで、子どもは時間の経過をより具体的に捉えることができます。
- 時間の長さの相対性の理解: 同じ5分でも、夢中になって遊んでいる時はあっという間に感じ、退屈な片付けの時間は長く感じる、といった経験は、時間の感覚が主観的なものであることを子どもなりに感じ取ります。「急ぐ」活動では短い時間で多くのことができる感覚、「ゆっくり」活動では時間をかけて丁寧に行う感覚を養います。
- 活動量と時間の関係: 「急いで走ると早く着く」「ゆっくり歩くと時間がかかる」といった体験は、行動のペースが時間の経過と関連していることを示します。これは、将来的に活動にかかる時間を予測したり、計画を立てたりする上での基礎となります。
- 集中力や自己調整力への影響: 「この時間までに終わらせる」という意識や、「この作業はじっくり時間をかけよう」という判断は、集中力や自己調整力を育みます。活動のペースを意識することは、これらの力を養うことにも繋がります。
年齢別の具体的なアプローチ
乳児クラス(0~2歳児)
この時期の子どもは、具体的な活動を通して五感で時間を感じ取ります。活動のペースに変化をつけることで、心地よさや違和感を通して時間のリズムを感じます。
- 「ゆっくり」を体感する:
- 抱っこやおんぶで、園内をゆっくりと歩き、窓の外の景色や室内の様子をじっくり見せる。
- 食事やおやつの際、急がせずに、一口ずつゆっくりと味わう声かけをする。「美味しいね、ゆっくり食べようね」
- 絵本を読む際、ページの隅々まで指差しながら、ゆっくりと物語を進める。
- 「急ぐ」を体感する(安全に配慮し短時間で):
- 特定の遊びや歌に合わせて、手拍子や体の動きを少し速くしてみる。「たたたた、早いね!」と声かけする。
- お片付けの際、「アンパンマンが急いでるよ!」など、遊びの中で少しだけペースを上げる声かけをする(ただし、無理強いはしない)。
幼児クラス(3~5歳児)
この時期の子どもは、言葉での理解が進み、簡単なルールのある遊びもできるようになります。活動を通して「急ぐ」「ゆっくり」を意識する経験を取り入れます。
- 遊びを通して「急ぐ」を体感する:
- 簡単な競争遊び(例:新聞紙の上を急いで進む、おもちゃをカゴに急いで入れるリレー)。競争の楽しさの中で自然とペースを意識します。
- 「〇時になったらお片付けだよ、それまでに急いで遊ぼう!」と、遊びの時間を意識させる声かけ。
- 遊びを通して「ゆっくり」を体感する:
- 「そーっとそーっと運んでね」という指示で、コップに水を入れたり、積み木を崩さないように運んだりする遊び。丁寧な動きと時間のかかり方を関連付けます。
- 描画や制作活動で、「この模様はじっくり時間をかけて描いてみよう」「この飾りは丁寧に貼ろうね」と、完成度と時間を意識させる声かけ。
- 戸外遊びで、アリの行列を追いかけたり、草花をじっくり観察したりする時間を設ける。「ゆっくり見ると色々なものが見えるね」と声かけする。
- 集団活動での応用:
- 音楽に合わせて体を動かす際、音楽の速さを変えて「速い音楽に合わせて急いで!」「ゆっくりな音楽に合わせてゆっくり!」と、音楽のテンポと体の動きを連動させる。
- リレー形式の遊びで、走る速さ(急ぐ)と、バトンを渡す動作(ゆっくり丁寧に行うことが成功に繋がる)など、異なるペースの動きを組み合わせる。
日常生活でのヒント
保育園での日常生活の中にも、「急ぐ」と「ゆっくり」を体感する機会は多くあります。
- 着替え: 「あと〇分でお外に出るから、急いで着替えようね」「ボタンはゆっくり、丁寧に留めようね」
- 食事: 「〇時までにご飯を食べようね(急ぐ意識)」「このお豆は小さいから、ゆっくりよく噛んで食べようね(ゆっくり意識)」
- 移動: 「お散歩に行く道は、安全に注意して急いで歩こうね」「公園では、アリさんを見つけにゆっくり歩いてみようね」
- 片付け: 「〇分でお片付け競争をしよう!(急ぐ)」「おもちゃを壊さないように、ゆっくり箱に戻そうね(ゆっくり)」
子どもが感じる「速い」「遅い」の言葉を捉える
子どもが「今日の〇〇は長かった」「〇〇はあっという間だった」など、主観的な時間の感覚を表す言葉を口にしたら、それは時間に対する気づきのサインです。その感覚を受け止め、「〇〇は楽しかったから早く感じたんだね」「△△は頑張ったから長く感じたのかな」など、活動内容と時間の感じ方を関連付けて言葉で返すことで、子どもの時間感覚への理解を深めるサポートができます。
保護者へのアドバイス例
園での活動内容や、家庭で「急ぐ」「ゆっくり」の体験を促すことの意義を伝え、家庭での実践を促すことも有効です。
「お子様が時間感覚を身につけるために、園では様々な活動を取り入れています。例えば、走る時は『急いで』、丁寧に片付ける時は『ゆっくり』など、行動のペースと時間の感覚を結びつける経験を大切にしています。ご家庭でも、例えばお風呂に入る前に『急いで準備しようね』、ブロックを積む時は『ゆっくり丁寧に積んでみよう』など、意識的に声かけをしていただくことで、お子様は活動を通して時間の流れや長さをより深く体感できるようになります。」
まとめ
「急ぐ」と「ゆっくり」といった異なる活動ペースを意図的に経験することは、子どもたちが時間感覚を体感的に理解するための有効なアプローチです。遊びや日常生活の様々な場面でこれらの体験を積むことで、子どもたちは時間に対する柔軟な感覚を養い、やがて時間の見通しを持って行動する力や、自己調整力を育んでいきます。保育士が子どもたちの活動に寄り添いながら、適切な声かけや環境設定を行うことが、子どもたちの健やかな時間感覚の発達を支えることに繋がります。