「きのう」「きょう」「あした」で時間軸を学ぶ:保育現場で実践できるアプローチ
子どもにとっての「時間軸」の難しさ
子どもたちが時間の感覚を身につけることは、日々の生活にスムーズに適応し、見通しを持って行動するために非常に重要です。しかし、子どもにとって「時間」という概念、特に過去・現在・未来といった「時間軸」の理解は、抽象的で非常に難しいものです。
大人は当たり前のように「きのう」「きょう」「あした」「さっき」「あとで」といった言葉を使いますが、子どもたちはこれらの言葉が具体的にいつ、どのような時間の流れを表すのかをすぐに理解できるわけではありません。時間の流れを体感し、言葉と結びつけていく過程が必要です。
保育現場では、このような子どもたちの時間軸の理解をどのように支援できるでしょうか。遊びや日々の生活を通して、子どもたちが楽しく、無理なく時間軸の感覚を育むためのヒントをご紹介します。
時間軸の発達段階と保育のアプローチ
子どもたちの時間軸の理解は、年齢や発達段階によって異なります。それぞれの段階に応じた関わり方が大切です。
- 乳児期(0~1歳): この時期はまだ時間軸の理解はほとんどありません。「今」の感覚が中心です。「さっきまで泣いていたけど、今は笑っているね」「もうすぐご飯だよ」など、具体的な出来事と短い時間間隔を結びつけた声かけが中心になります。
- 幼児期前期(2~3歳): 「さっき」「あとで」など、短い時間間隔を表す言葉を少しずつ理解し始めます。「きょう」の出来事をなんとなく感じ取れるようになりますが、「きのう」「あした」といった概念はまだ曖昧です。「今日はお外で遊んだね」「ご飯のあとでお絵かきしようね」など、具体的な活動と結びつけて伝えます。
- 幼児期中期(4歳): 「きのう」「きょう」「あした」といった言葉を聞き分け、簡単な出来事と結びつけられるようになります。カレンダーや時計に興味を持ち始める子もいます。「きのうは体操教室があったね」「明日はお弁当の日だよ」など、具体的な出来事を挙げて確認する機会を持つと良いでしょう。
- 幼児期後期(5歳以上): 過去・現在・未来の区別がよりはっきりしてきます。一日の流れや一週間の流れを理解し、簡単な未来の予定を立てたり、過去の出来事を振り返ったりできるようになります。カレンダーや時計を使って、時間や日付を確認する習慣を取り入れることも有効です。
遊びや日常生活で「きのう」「きょう」「あした」を感じるヒント
1. 日常会話での意識的な声かけ
最も基本的なアプローチは、日々の会話の中で「きのう」「きょう」「あした」といった言葉を意識的に使うことです。
- 例:
- 「〇〇ちゃん、きのう描いたお絵かき、ここにあるよ。」
- 「きょうはみんなでホールで遊ぶ日だよ。」
- 「あしたは△△先生がお休みだよ。」
- 朝の会で「きのうは何をして遊びましたか?」と問いかけ、帰りの会で「きょうは〇〇が楽しかったね、あしたは晴れたら公園に行こうね。」と話す。
具体的な出来事や活動と結びつけることで、言葉の意味を体感として理解しやすくなります。
2. 一日の流れや予定の視覚化
子どもたちは視覚的な情報から多くのことを学びます。活動表や絵カードなどを使って、一日の流れを可視化することで、「きょう」の活動の順序や見通しを持つことができます。
- 朝の会で今日の活動カードを並べて確認する。
- 活動が終わるごとに、終わったカードを裏返したり、場所を移動させたりする。
- 「このカードが終わったら、次はこれだよ」「これが終わると、お楽しみのご飯だよ」などと声かけを添える。
これにより、「今何をしているのか」「この後何をするのか」という「きょう」の中の時間的な位置づけを理解しやすくなります。
3. カレンダーや時計の活用
少しずつカレンダーや時計に親しむ機会を作ることも大切です。
- クラスに大きなカレンダーを飾り、毎日日付や曜日を確認する。
- 特別な行事(誕生日、遠足など)の日付にシールを貼るなどして、未来の楽しみな予定を視覚的に示す。「この日があと〇日だね」と声かけをする。
- 活動の始まりや終わりの目安として砂時計やタイマーを見せる(タイマーそのものが時間を理解させるのではなく、「これが終わったら片付け」「これが鳴ったら次」といった活動の区切りを知らせるツールとして)。
カレンダーで「日」「週」「月」といったより長い時間単位を感じたり、時計で「今」「これから」といった現在の時間の流れを感じたりするきっかけになります。
4. 過去の出来事を振り返る遊び
「きのう」「まえに」といった過去を意識する遊びを取り入れます。
- 前日の出来事や過去の行事について、絵を描いたり、写真を見たりしながら話す時間を持つ。
- 「〇〇ちゃんの誕生日は、ちょっとまえにあったね」「夏の運動会は、このお部屋で練習したのがきのうのことみたいだね」などと、具体的な出来事と結びつけて振り返る。
- 絵日記や思い出ノートのようなものを作成し、過去の記録をたどる。
5. 未来の出来事を想像する遊び
「あした」「いつか」といった未来を意識する遊びを取り入れます。
- 明日の予定や週末の予定について話す。「あしたはどんな楽しいことがあるかな?」「お休みの日にお家で何をしたい?」
- 将来の夢や、もう少し大きくなったらできるようになることについて話す。「大きくなったら〇〇になりたいね」「来年は△△組さんだね」
- ごっこ遊びの中で、「きのうはお買い物に行ったんだ」「あしたはピクニックに行こうね」など、時間軸に関わるセリフを自然に使う。
6. 絵本や歌の活用
時間の流れや繰り返しをテーマにした絵本や歌は、子どもたちが楽しみながら時間感覚を身につけるのに役立ちます。
- 季節の移り変わりを描いた絵本
- 一日の生活の流れが出てくる絵本
- 曜日や月の歌
- 昔話(「むかしむかし…」)
物語や歌のリズムを通して、時間の経過や順序を自然に感じ取ることができます。
集団での活用アイデア
クラス全体で時間軸を意識する機会を設けることで、より多くの子どもたちが一緒に学ぶことができます。
- 今日の司会・明日の司会: 朝の会や帰りの会で、「きょうの司会さんは〇〇くん」「あしたの司会さんは△△くん」と交代で担当を決める。これにより、「きょう」と「あした」の区別を意識する。
- お当番活動: 「きょうのお当番さん」「きのうのお当番さん」「あしたからのお当番さん」などと声かけをする。
- 行事へのカウントダウン: 運動会や発表会などの大きな行事に向けて、クラスで手作りのカレンダーを作り、毎日一つずつマスを塗りつぶしたり、シールを貼ったりする。「あと〇日だね!」と皆で確認することで、未来への見通しを持つ。
- 過去の作品展: 保育期間中に制作した作品を時系列に並べて展示し、「これが〇〇くんが〇歳だった時に作ったものだよ。これがきょう作ったものだね」と振り返る機会を作る。
保護者へのアドバイス例
家庭でも時間軸を意識した関わりを促すために、保護者会や個人面談、おたよりなどで以下のようなアドバイスを伝えることができます。
- 「お子さんと話す際、『きのうね』『きょうは』『あした〇〇しようね』など、意識して時間の言葉を使ってみてください。」
- 「家庭での一日のルーティンを決め、それを言葉で伝えることで、お子さんは時間の流れを予測しやすくなります。『ご飯のあとにお風呂に入ろうね』『お風呂のあとで絵本を読もうね』など。」
- 「週末の予定を一緒に話したり、前日の出来事を一緒に振り返ったりする時間を持つことも、時間軸の理解につながります。」
- 「カレンダーや時計への興味が出てきたら、ぜひ一緒に見て、日付や時間について話してみてください。」
まとめ
子どもたちが「きのう」「きょう」「あした」といった時間軸を理解することは、将来の計画を立てたり、過去の経験から学んだりするための基礎となります。これは一朝一夕に身につくものではなく、日々の生活の中での繰り返しや、具体的な体験を通して少しずつ育まれていきます。
保育現場では、焦らず、子どもたちの発達段階に応じた声かけや遊び、活動を取り入れることが大切です。今回ご紹介したヒントが、子どもたちが楽しく時間軸の感覚を身につけるための一助となれば幸いです。