子どもの「待てない!」に寄り添う:時間感覚と自己調整を育む保育のヒント
はじめに
保育現場では、子どもたちが活動の順番を待てなかったり、自分の要求がすぐに満たされないことにイライラしたりする姿をよく目にします。このような「待てない」「がまんできない」という姿は、子どもの発達の過程で自然に見られるものですが、周囲の大人としてはどのように関われば良いか悩むことも少なくありません。
これらの姿の背景には、まだ発達途上にある時間感覚や、自分の感情や行動をコントロールする自己調整力の課題があります。時間感覚が育つにつれて、子どもは「少し待てば次が来る」「我慢すれば良い結果が得られる」といった見通しを持てるようになり、衝動的な行動を抑える力が育っていきます。
この記事では、遊びや日常生活を通して、子どもの時間感覚を育みながら、「待つ力」や「がまんする力」、ひいては自己調整力をサポートするための具体的なヒントをご紹介します。
なぜ子どもは「待てない」のか?:時間感覚と衝動性
子どもが「待てない」「がまんできない」のは、主に以下の理由が考えられます。
- 時間感覚の発達途上であること: 特に乳幼児期は、時間の長さや抽象的な時間表現(「あとで」「しばらく」)を理解することが困難です。未来への見通しが持てないため、「今すぐ」という衝動的な欲求を抑えることが難しいのです。
- 衝動性が高いこと: 子どもは、大人に比べて目の前の刺激や欲求に注意が向きやすく、衝動的に行動しやすい傾向があります。脳の前頭前野(自己コントロールに関わる部位)が未発達であることも影響しています。
- 経験の不足: 「待つ」「がまんする」ことで、その後に良い結果が得られる、あるいは問題が回避できるといった成功体験がまだ少ないため、待つことの意義や効果を理解できていません。
これらの背景を理解することは、子どもの姿を否定的に捉えるのではなく、「育ちの途中」にある自然な姿として受け止め、適切なサポートを考える上で重要です。
「待つ」「がまんする」経験が育む力
時間感覚を伴った「待つ」「がまんする」経験は、子どもに様々な大切な力を育みます。
- 見通しを持つ力: 少し先の未来を見通し、「待てば順番が来る」「がまんすれば遊びが再開できる」といった予測ができるようになります。
- 自己調整力: 自分の感情(イライラ、不安など)や行動(手を出してしまう、大声を出すなど)を意識的にコントロールする力が養われます。
- 他者への配慮: 友達と順番を譲り合ったり、みんなでルールを守ったりする中で、他者の存在を意識し、集団の中で気持ちよく過ごすための社会性が育まれます。
- 目標達成力: 少しの困難(待つこと、我慢すること)を乗り越えて、遊びや活動の目標を達成する経験は、自信や粘り強さにつながります。
時間感覚を育みながら「待つ力」「我慢する力」をサポートするヒント
日々の保育の中には、子どもが自然と時間感覚を使い、「待つ」「がまんする」経験を積める機会が豊富にあります。
日常生活での声かけと環境の工夫
- 待つ時間の「見える化」:
- 砂時計やタイマー: 短い時間(3分、5分など)を計る際に、「この砂が全部落ちるまで待ってね」「チクタクタイマーが鳴ったらおしまいだよ」と視覚や聴覚で示します。
- 絵カードや写真: 次の活動や順番を絵カードで提示し、「〇〇ちゃんの番の次は、あなたの番だよ」と、抽象的な言葉だけでなく具体的に示します。
- マークや目印: 順番待ちの場所に足跡マークを貼る、自分の名前やマークを順番カードに貼るなど、自分が今どの位置にいるか、あとどれくらいで順番が来るかを分かりやすくします。
- 待つ時間を「短く感じる」工夫:
- 待ち時間に簡単な手遊び、歌、絵本を読むなど、気が紛れるような活動を取り入れます。
- 「10数える間にできるかな?」「お片付けの歌を歌い終わるまで」など、子どもにとって分かりやすい単位や、楽しい要素と結びつけます。
- 待つことの「終わり」を具体的に伝える:
- 「ご飯の準備ができるまで待ってね」ではなく、「お鍋がシュンシュンって鳴ったらご飯だよ」「先生がお皿を全部並べ終わるまで待ってね」など、具体的な音や視覚的な変化と結びつけて伝えます。
- 「あと少しだよ」「次で終わりだよ」といった声かけを、残り時間の「見える化」と合わせて行います。
- 成功体験を積ませる:
- 最初はごく短い時間から始め、待てたことを具体的に褒めます。「砂時計の砂が落ちるまで待てたね、すごいね!」「順番を守って座っていられたね、えらいね!」など、具体的にどのような行動ができたのかを伝えます。
- 待ったことで得られる肯定的な結果(自分の順番が来た、次の活動が始まったなど)を体験できるようにサポートします。
遊びを通した実践
遊びは、子どもが楽しみながら時間感覚や社会性を学ぶ絶好の機会です。
- 順番を守る遊び:
- 手遊びや歌遊び(「せんせいとおともだち」「おおきなたいこ」など):順番に歌ったり、体を動かしたりする中で、自然と自分の番を待つことを学びます。
- 簡単な集団ゲーム(じゃんけん列車、ハンカチ落としなど):ルールの中で順番を守ること、相手を待つことを経験します。
- カードゲームやボードゲーム:ルールを理解し、自分の手番を待つことが求められます。
- ルールのある遊び:
- 鬼ごっこ、かくれんぼ、ボール遊びなど:ルールを守ることは、自分の「こうしたい」という衝動的な気持ちを抑える経験につながります。「鬼は10数えるまで動いちゃいけない」「ボールは手で投げちゃだめ」など、具体的なルールをみんなで確認して遊びます。
- ごっこ遊び:
- お店屋さんごっこ、お医者さんごっこなど:それぞれの役割になりきる中で、自分のしたいことだけをするのではなく、役割に合わせた行動をとることを学びます。これは、その場の状況に合わせて自分の衝動をコントロールする練習になります。
- 達成まで時間のかかる活動:
- 簡単な調理活動(クッキー作り、フルーツポンチ作りなど):材料を切ったり混ぜたりするだけでなく、オーブンで焼けるまで、冷やして固まるまでなど、「待つ」プロセスを経験します。
- 植物や生き物の世話:種をまいたり、水やりをしたりして、芽が出てきたり、大きくなったりするのを気長に待ちます。生きたものの成長を通して、時間や変化を感じる貴重な経験になります。
年齢別の対応のヒント
子どもの時間感覚や自己調整力の発達には個人差がありますが、一般的な発達段階に応じた関わりのヒントです。
- 乳児クラス(0歳〜1歳半頃):
- この時期はまだ時間感覚はほとんどありません。欲求をすぐに満たしてもらう経験を通して、大人への信頼感を育むことが最優先です。
- ただし、ミルクの準備中、オムツ交換の準備中など、ごく短い「待つ」時間には、「今、ミルク作ってるよ」「オムツ持ってくるね」などと優しく声をかけ、安心させてあげましょう。
- 特定の声かけや合図(食事前の手洗い歌、お昼寝前の絵本など)で、次の活動への見通しを少しずつ持つ経験をサポートします。
- 1歳半頃〜2歳児クラス:
- 「次」「おしまい」など、簡単な言葉で時間的な順序や区切りを少しずつ理解し始めます。
- 絵カードなどで活動の移行を「見える化」することが有効です。「これ(遊び)がおしまいの時間だよ、次はこれ(手洗い)をしようね」と具体的に示します。
- 簡単な「順番」のある遊び(ボールを順番に転がす、手遊びなど)を取り入れ、自分の番が来るのを待つ経験を始めます。
- 待てたときには、「順番待てたね!」「先生のお話聞けたね!」と具体的に褒めて、成功体験を積み重ねます。
- 3歳児以上クラス:
- 簡単なルールのある遊びを通して、順番を守る、ルールを守る=衝動を抑える経験を本格的に行います。
- 砂時計やタイマーを使って、遊びの時間や片付けの時間を意識することを促します。「時計の長い針がここまで来たらお片付けだよ」など、具体的な時刻や時間単位と活動を結びつける練習をします。
- なぜ待つ必要があるのか、がまんするとどうなるのかなどを、子どもの理解に合わせて言葉で説明します。「みんなが順番に滑り台を使うと、ぶつからなくて安全だよ」「お片付けをがんばると、絵本を読む時間ができるよ」など、理由や見通しを伝えます。
- 自分のイライラやがまんできない気持ちを言葉で表現できるようサポートします。「待つの嫌だね、でも順番だよ」「遊びをもっと続けたい気持ちなんだね」など、気持ちを受け止める声かけをします。
集団での活用アイデア
集団生活では、他の子どもとの関わりの中で待つ機会が多く生まれます。
- 待ち時間を「みんなで」過ごす工夫: トイレの前、活動間の移動時間など、待ち時間が発生しやすい場面で、みんなで一緒に手遊びをしたり、歌を歌ったり、簡単なクイズを出し合ったりします。一人で待つよりも退屈を感じにくく、楽しい時間に変えることができます。
- 順番待ちルールの「見える化」: 順番待ちの列に足跡マークを貼る、遊具ごとに順番カードを用意する、朝の支度で使うロッカーに名前マークを貼るなど、誰が次に何をするかが分かりやすいように工夫します。
- 集団での共通理解: 活動の始まりと終わりの時間、次の活動への移行のタイミングなどについて、子どもたち全体で共通認識を持てるように、分かりやすい合図(チャイム、特定の音楽、声かけなど)を決めます。「この音楽が鳴ったらお片付けの時間だよ」など、日常的に繰り返し使います。
保護者へのアドバイス例
子どもの「待てない」「がまんできない」姿は、家庭でも見られる課題です。園での取り組みを伝え、家庭との連携を図ることは、子どもの育ちを多角的に支える上で重要です。
- 家庭でもできる「待つ」「がまんする」経験:
- 食事の準備ができるまで席で待つ。
- 公園の遊具で順番を待つ。
- 欲しいものがすぐに手に入らなくても、少し我慢する(すぐに買い与えない)。
- お風呂の準備を待つ、など、日常生活の中で自然に生まれる「待つ」機会を大切にすること。
- 子どもの気持ちに寄り添いつつ、必要な経験をさせることの重要性: 子どもがイライラしたり泣いたりしても、頭ごなしに叱るのではなく、「待つのが嫌なんだね」「今すぐやりたいんだね」と気持ちを受け止めつつ、「でも順番だよ」「少し待ってみようか」と優しく伝え、待つことの大切さを根気強く伝えていくこと。
- 園での取り組みとの連携: 園で砂時計や絵カードを使っていること、順番のある遊びを楽しんでいることなどを伝え、家庭でも無理のない範囲で取り入れられるアイデア(「お風呂のお湯がたまるまで絵本を読もうね」「時計の針が〇まで来たらお買い物に行こうね」など)を共有する。
まとめ
子どもの「待てない」「がまんできない」という姿は、時間感覚や自己調整力が育つ上で通過する自然なプロセスです。これらの力は、すぐに身につくものではなく、日々の生活や遊びの中での様々な経験を通して、少しずつ培われていきます。
保育者は、子どもの発達段階や個々の姿に合わせて、待つ時間の「見える化」や「楽しい工夫」、遊びの中でのルール経験、そして温かい声かけを通して、これらの育ちをサポートすることができます。子どもの気持ちに寄り添いながら、成功体験を積み重ねていくことで、子どもたちは未来への見通しを持ち、自分の衝動を調整し、他者とともに心地よく過ごすための大切な力を育んでいくでしょう。この記事でご紹介したヒントが、日々の保育実践の一助となれば幸いです。