「あとで」「すぐに」子どもに伝わる時間表現:保育現場での声かけの工夫
なぜ「あとで」「すぐに」は子どもに伝わりにくいのでしょうか
子どもたちが時間の感覚を身につける過程で、「あとで」「すぐに」「もう少し」といった言葉は日常的に使われます。しかし、これらの言葉が指す時間の長さは非常に抽象的であり、大人が意図する感覚と子どもが受け取る感覚には大きなズレが生じがちです。
特に乳幼児期の子どもは、過去や未来といった時間軸を理解することが難しく、目の前の「今」に集中しています。「あとで」と言われても、それが5分後なのか1時間後なのか、あるいは実現しないのかを判断することはできません。また、「すぐに」と言われても、どれくらいの速さや短さなのかを体感として理解するには経験が必要です。
このような抽象的な言葉だけでは、子どもは見通しを持つことができず、不安になったり、要求が通らないことへの不満から癇癪を起こしたりすることもあります。保育士として、子どもが安心感を持ち、次の活動へスムーズに移行するためには、「あとで」「すぐに」といった時間表現を、子どもが理解できる形に工夫して伝えることが重要になります。
この記事では、子どもたちに時間感覚を言葉で分かりやすく伝えるための具体的な声かけのヒントや、保育現場で実践できるアイデアをご紹介します。
子どもに伝わる「あとで」「すぐに」の声かけ工夫
抽象的な時間表現を子どもに伝えるためには、具体的な事柄や感覚と結びつけることが有効です。以下にいくつかの工夫例を挙げます。
1. 行動や出来事と結びつける
時間を、特定の行動や出来事の完了とセットで伝える方法です。これにより、子どもは何をしたら次が来るのか、何が終わるまで待てば良いのかを具体的に理解しやすくなります。
- 「あとで」を伝える例:
- 「今遊んでいるおもちゃを片付けたら、絵本を読もうね。」
- 「おやつを食べ終わったら、お外に行こうね。」
- 「みんなが手洗い・うがいを済ませたら、ホールに集まろうね。」
- 「すぐに」を伝える例:
- 「このおもちゃをカゴに入れたら、すぐに次の遊びができるよ。」
- 「お着替えが終わったら、すぐに先生のところに来てね。」
- 「お片付けが終わったら、すぐにおやつにしようね。」
このように、時間そのものではなく、直前に行うべき具体的な行動を示すことで、子どもは待つ時間や次の行動への見通しを持つことができます。
2. 短い時間を示す具体的な表現
「すぐに」「あっという間」といった短い時間を伝える際には、子どもが体感しやすい短い行動や感覚と結びつけると良いでしょう。
- 例:
- 「鳥さんが飛んでいく間だけ待っててね。」(窓の外を指差しながら)
- 「先生がお名前を呼ぶまでだよ。」
- 「手を洗っている間に終わるよ。」
- 「深呼吸を3回する間だけ待ってみようか。」(一緒に深呼吸をしながら)
これらの表現は、具体的な動作や感覚に紐づいているため、「すぐに」という抽象的な言葉よりも子どもにとってずっと分かりやすく感じられます。
3. 長い時間を示す具体的な表現
「あとで」の中でも、比較的長い時間を待つ必要がある場合には、さらに明確な目印や出来事を伝えます。
- 例:
- 「お昼ご飯を食べた後に、遊ぼうね。」
- 「お昼寝から起きたら、続きをやろうね。」
- 「今日の給食を食べ終わったら、お父さんかお母さんがお迎えに来る時間だよ。」
- 「明日、また幼稚園/保育園に来たら、続きで遊べるよ。」
一日の流れや、子どもが認識しやすい日中の大きな出来事と結びつけることで、漠然とした「あとで」ではなく、ある程度具体的な時間帯を理解しやすくなります。
4. オノマトペや比喩の活用
「ちょこっとだけ」「あっという間」「もう少しだけ」といったオノマトペや比喩を使うことで、時間の「感じ」を伝えることもできます。ただし、これは具体的な行動や目印とセットで使う方が、より効果的です。
- 例:
- 「ちょこっとだけ待っててね、すぐ終わるからね。」(人差し指と親指で少しの幅を示す)
- 「あっという間にお片付けしちゃおう!」(素早い動きをジェスチャーで示す)
- 「もう少しだけ頑張ったら、楽しい活動だよ。」(ゴールが近いことを示唆する)
言葉と他のツールを組み合わせる
言葉だけでは難しい場合、視覚や聴覚に訴える他のツールと組み合わせることで、より分かりやすく時間を伝えることができます。
- ジェスチャー: 「ちょこっとだけ」を指で示したり、「あとでね」と手のひらを前に出したりするなど、言葉に合わせてジェスチャーを使うと、子どもは感覚的に理解しやすくなります。
- 指折り: 「あと○回滑り台を滑ったらおしまいね」など、回数を決めて一緒に指を折ることで、終わりの見通しを持たせることができます。
- タイマーや砂時計: 活動時間の終わりや、待つ時間を視覚的に示すのに非常に効果的です。「砂が全部落ちたらおしまいね」「タイマーが鳴ったら次に行こうね」と具体的に伝え、一緒に見る習慣をつけることで、時間の経過を体感的に理解する助けになります。
- 絵カード: 一日の流れや活動の順序を絵カードで見せることで、「この絵の次はこの絵」といった形で、時間的な順序や待つ時間の後に何が来るのかを具体的に示すことができます。
- 時計: 年長児など、時計に関心を持つようになったら、簡単な時刻や「長い針がここに来たら」といった具体的な見方と結びつけて伝える練習を始めることもできます。
年齢別の声かけポイント
子どもの時間感覚の発達段階に合わせて、声かけの方法も変化させることが重要です。
- 0〜1歳児: 「あとで」「すぐに」といった言葉自体は理解できません。具体的な行動とセットでシンプルに伝え、「抱っこしたらミルクだよ」「おむつを変えたら寝んねしようね」など、直後の生理的要求や快につながる行動と結びつけます。
- 1〜2歳児: 簡単な言葉は理解できるようになりますが、まだ抽象的な時間は理解できません。直近の行動や出来事と明確に結びつけます。「これ片付けたらお外行こうね」「ご飯食べたらお散歩だよ」など、見通しを短いスパンで持たせる声かけが有効です。
- 3歳児以上: 日常的な流れや出来事の順序を少しずつ理解し始めます。「今日の午前中に」「お昼ご飯の後に」「明日の朝」といった表現も、具体的な出来事と結びつけることで理解が進みます。簡単な約束の時間(例:「おもちゃで遊ぶのはタイマーが鳴るまでね」)や、次の活動への切り替えの合図(例:「この歌が終わったらお片付けの時間だよ」)を理解し、見通しを持って行動できるよう促します。
集団での活用アイデア
集団で活動している場合でも、言葉による時間伝達の工夫は有効です。
- 共通の声かけ: 活動の切り替え時などに、「この曲が終わったらお片付けの時間だよ、あと『ちょこっと』だからね!」など、みんなで共通の言葉や合図を使うことで、集団としての見通しを持つことができます。
- ゲーム形式で: 「あと〇人滑ったら、次のお友達に交代だよ。みんなで数えてみよう!」など、ゲーム感覚で待つ時間や順番を意識させる工夫を取り入れます。
- 視覚支援: 一日のスケジュールを絵や写真で掲示し、「今はここ。この次はこの活動だよ。」と指差し確認することで、言葉と視覚の両方から時間的な流れを伝えることができます。
保護者へのアドバイス例
家庭でも子どもが時間感覚を育めるよう、保護者へ情報提供することも保育士の役割の一つです。
- 「ご家庭でも、『ご飯を食べ終わったら公園に行こうね』『お風呂から出たら絵本を読もうね』のように、具体的な行動と次の予定をセットで伝えるように意識してみてください。」
- 「『あとで』と言うだけでなく、『お母さんが食器を洗ったらね』『時計の短い針がここに来たらね』など、できるだけ具体的に伝えると、お子さんも見通しを持って待つことができますよ。」
- 「タイマーや砂時計は、遊びの終わりや待つ時間を視覚的に伝えるのに便利です。お子さんと一緒に『砂が落ちたらおしまいね』などと声をかけながら使うと良いでしょう。」
- 「『すぐに』という言葉を使う時も、『靴を履いたらすぐに出かけようね』のように、直後の行動と結びつけると分かりやすいです。」
家庭と園で連携し、一貫性のある声かけを心がけることが、子どもの時間感覚の定着につながります。
まとめ
「あとで」「すぐに」といった抽象的な時間表現は、子どもにとって理解が難しいものです。保育士が意識的に、これらの言葉を具体的な行動や出来事、あるいは他のツールと結びつけて伝えることで、子どもは時間に対する見通しを持ち、安心して過ごすことができるようになります。
年齢や発達段階に合わせた声かけの工夫は、子どもの時間感覚を育む大切な一歩です。日々の保育の中で、ぜひこれらのヒントを参考に、子どもたちに「時間」を分かりやすく伝えてみてください。継続的な実践を通じて、子どもたちは少しずつ時間の流れを感じ取り、生活のリズムや活動の切り替えがスムーズになっていくことでしょう。