「待つ」を学ぶ:遊びと日常生活で養う見通しと時間感覚
なぜ「待つ」経験が時間感覚の育成に重要なのか
子どもが成長する過程で、「待つ」という経験は非常に重要です。これは単に我慢することを学ぶだけでなく、時間感覚や未来への見通しを育む上で欠かせない機会となります。例えば、「お友達が遊び終わるまで待つ」「ご飯ができるまで待つ」といった日常的な「待つ」場面は、「今」ではない少し先の未来を意識し、その間に時間が流れていることを感覚的に捉える手助けとなります。
特に保育現場では、集団での活動や日常生活の中で「待つ」場面が多く発生します。こうした機会を意図的に活用することで、子どもたちは時間の流れを感じ取り、見通しを持って行動する力を徐々に身につけていくことができます。この記事では、「待つ」という経験を通して子どもたちの時間感覚と見通しを育むための、遊びや日常生活での具体的なヒントをご紹介します。
「待つ」ことと時間感覚、見通しの関係
「待つ」という行為は、「今、〇〇の状態である。そして、時間の経過とともに△△の状態になり、そうしたら□□ができる」という未来への見通しと、その間に流れる時間(待つ時間)の感覚を伴います。
幼い子どもは、まだ抽象的な時間概念や、未来の見通しを持つことが難しい段階にあります。そのため、「待っててね」と言われても、どれくらいの時間待つのか、待った先に何があるのかが理解できず、不安になったり、欲求が満たされないことに混乱したりすることがあります。
しかし、繰り返しの経験と、周囲からの適切な働きかけによって、子どもたちは「待つ時間」の長さを少しずつ感覚的に理解し、「待てば次がある」「順番が来る」といった見通しを持つことができるようになります。この「待つ」経験は、やがて計画性や自己調整力の基礎にもつながっていくと考えられます。
日常生活における「待つ」機会の活用
保育園での日常生活には、「待つ」機会が数多く存在します。これらの場面を、時間感覚や見通しを育むための学びの機会として捉え直すことが大切です。
具体的な声かけのポイント
- 具体的な言葉で「いつ」を伝える: 「ちょっと待っててね」だけでは、子どもは何分待つのか、いつ待つことが終わるのかが分かりません。「時計の長い針がここにくるまで待ってね」「この砂時計の砂が全部落ちるまで待ってね」「絵本を読み終わるまで待ってね」のように、子どもが理解できる具体的な基準を示しましょう。
- 「待った後」を具体的に伝える: 「待ったら、次はお洋服を着ようね」「お友達が終わったら、次は〇〇ちゃんの番だよ」「先生がお片付けをしたら、お外に行こうね」のように、「待った先に何があるか」を明確に伝え、見通しを持たせます。
- ポジティブな言葉で待つことを促す: 「待てないの!」と叱るのではなく、「もうすぐ〇〇の時間になるから、もう少し待ってみようね」「△△まで待つのは難しいけど、頑張ってみようか」のように、子どもの気持ちに寄り添いながら促します。
- 待ち時間の長さを調整する: 子どもの年齢や発達段階に合わせて、無理のない短い時間から始め、徐々に待ち時間を長くしていきます。
待ち時間を有意義に過ごす工夫
- 手遊びや歌を歌う
- 簡単ななぞなぞやクイズをする
- 指差し絵本や図鑑を一緒に見る
- 待っている間にできる簡単な係活動をお願いする(例: タオルをたたむのを手伝ってもらう)
「待つ」を遊びで楽しく学ぶ
遊びは、子どもにとって最も自然な学びの場です。「待つ」ことを遊びの中に取り入れることで、ポジティブな経験として時間感覚や見通しを育むことができます。
具体的な遊びの例
- 順番を守る遊び: じゃんけん列車、椅子取りゲーム、滑り台の順番待ち、貸し借りなど、ルールの中で順番を待つ経験を積みます。保育者は「次は〇〇くんの番だよ」「順番を守ると気持ちいいね」などと声かけをします。
- タイマーや砂時計を使った遊び:
- 「この砂が全部落ちるまで、おもちゃを片付けられるかな?」
- 「タイマーが鳴るまで、この場所にいられるかな?」
- 料理ごっこで「オーブンで焼けるまで(タイマーが鳴るまで)待つ」設定にする。
- 時間制限のある簡単なゲーム(例: タイマーが鳴る前に積み木を全部しまう)。
- 成長を待つ遊び: アサガオや野菜の種まき、カブトムシの幼虫観察、おやつ作り(プリンが固まるまで待つなど)。結果が出るまでの「待つ」過程を楽しむ経験は、長期的な見通しや忍耐力を養います。
- リレーや競争遊び: 次の走者にバトンを渡すまで待つ、スタートの合図を待つなど、目的のために待つ経験をします。
年齢別の対応
子どもの時間感覚の発達には個人差がありますが、おおよその目安として、年齢に応じた働きかけが有効です。
- 乳児クラス(0〜1歳):
- 「待つ」時間はごく短く設定します。
- 欲求にすぐに応えて安心感を十分に与えることが最優先です。
- 「先生が抱っこするまで、ネンネして待っててね」「ミルクができるまで、ゴロンしてようね」など、声かけをしながら、安心できる環境で見守ります。
- 短い時間の「いないいないばあ」などで、一瞬の待つ経験を遊びに取り入れることもできます。
- 1〜2歳児クラス:
- 身近な出来事と結びつけて「待つ」を伝えます。「お友達がおトイレ終わるまで、絵本見て待っていようね」「お歌が終わったら、おやつにしようね」など。
- 絵カードやジェスチャーも活用し、視覚的に分かりやすく伝えます。
- 遊びの中で簡単な順番待ちを経験します(例: ボールを順番に受け取る)。
- 3〜5歳児クラス:
- ルールのある遊びを通して、目的のために順番を守る経験を積極的に取り入れます。
- 時計の図や砂時計など、時間の経過を視覚的に示すツールを効果的に活用します。「長い針が『3』のところに来たら、活動を終わりにしようね」「この砂時計が全部落ちたら、次の準備を始めようね」など。
- 「あと〇分で」「これが終わったら」といった具体的な言葉で、より長い時間の見通しを持たせる声かけを増やします。
- 遊びや活動の前に、「まずこれをして、次にこれをして、その後に待つ時間があって、最後にこれをします」のように、簡単な流れを示すことも有効です。
集団での「待つ」場面への応用
集団活動では、多くの子どもが同時に「待つ」経験をします。スムーズな活動の進行と、子どもたちの時間感覚・見通し育成の両立を目指しましょう。
- 活動の見通しを立てる: ホワイトボードや模造紙に、その日の活動の流れを絵や文字で書いて貼り出す「見通しボード」は非常に有効です。「次はこれをするんだな」「これが終わったら待つ時間があるな」と視覚的に理解できます。
- 活動の切り替え時の声かけ: 次の活動の準備を待つ間に、「あと〇分で△△が始まります」「〇〇が終わったら、みんなで手洗いに行こうね」など、具体的な時間や次の行動を伝えることで、子どもたちは安心して待つことができます。
- 全体活動での順番待ち: 発表会や遊具遊びなど、一人ずつ順番に行う場面では、「今は〇〇くんの番、次は△△ちゃんの番だよ」と明確に伝え、自分の番が来るまでの見通しを持たせます。待っている間は、静かに絵本を読んだり、手遊びをしたりする時間にするなど、待ち時間への働きかけも行います。
保護者への伝え方
保育園での取り組みを共有し、家庭でも連携して「待つ」経験を促すことは、子どもたちの成長にとって大きな力となります。
- 「待つ」経験の重要性を伝える: 「待つことは我慢だけでなく、時間を理解し、先の見通しを持つための大切な学びです」という視点を伝えます。
- 保育園での具体的な取り組みを紹介する: 「保育園では、〇〇という遊びを通して順番を待つ練習をしています」「砂時計を使って時間の経過を分かりやすく伝えています」など、具体的な事例を伝えます。
- 家庭でできる工夫をアドバイスする:
- 「お買い物でお会計を待つ間に、カゴの中のものを数えてみましょうか」
- 「お料理ができるまで、絵本を読んで待ちましょうね」
- 「『これが終わったらね』のように、具体的な言葉で次の行動を伝えてみましょう」
- 「タイマーを使って短い時間から『待つ』練習をしてみましょう」
- 「絵本を読んで、続きが気になる場面で『次のページでどうなるかな?』と問いかけ、少し待つ楽しさを共有しましょう」
まとめ
「待つ」という経験は、子どもが時間感覚や未来への見通しを持つために非常に重要な学びの機会です。日常生活の様々な場面や遊びを通して、子どもたちは時間の流れを感覚的に捉え、待った先に良いことがあるというポジティブな経験を積み重ねていきます。
今回ご紹介した具体的なヒントが、日々の保育実践において、子どもたちが「待つ」ことを通して楽しく時間感覚と見通しを育むための一助となれば幸いです。子どもの発達段階や個性に合わせながら、焦らず、繰り返し働きかけていくことが大切です。