ものの変化から学ぶ時間の感覚:溶ける、乾く…身近な現象を活かす保育のヒント
はじめに
子どもにとって、「時間」という概念は抽象的で掴みにくいものです。「あとで」「すぐに」といった言葉での指示や、時計の読み方だけでは、時間の感覚を内側から育むことは困難な場合があります。時間の感覚を育むためには、具体的な体験を通して、時間の流れや速さ、長さといったものを身体や五感で感じ取ることが重要です。
本記事では、私たちの身近にある「ものの変化」に注目し、その変化を通して子どもたちが楽しく時間の感覚を学ぶための保育現場での具体的なヒントをご紹介します。物が変化する様子を観察することで、時間には「流れ」があり、その流れの中には「速さ」や「遅さ」があることを、感覚的に理解することを目指します。
なぜものの変化が時間感覚の育みに役立つのか
ものの変化は、時間の経過を視覚的、触覚的など、五感を通して具体的に捉える絶好の機会です。抽象的な「時間」という言葉だけでは理解できなかったものが、「さっきは固かった氷が水になった」「濡れていた紙がさらさらになった」といった具体的な変化を通して、「時間が経つと何かが変わる」という時間の作用を肌で感じることができます。
また、変化の速さが異なる様々な現象に触れることで、同じ「時間」でも、その中に起こる出来事の進み具合が違うことを体感できます。これは、後の「〇分間」といった時間の長さの感覚や、「これをするのにこれくらいの時間がかかる」という見通しに繋がる基礎となります。
身近なものの変化を活かした遊び・活動例
保育現場で簡単に取り入れられる、ものの変化を観察する遊びや活動の例をいくつかご紹介します。子どもの年齢や興味に合わせてアレンジしてみてください。
1. 溶ける・固まる変化を観察する
- 氷が溶ける様子:
- コップに入れた氷が溶けていく様子を観察します。暖かい場所に置いた場合と、そうでない場合で溶ける速さが違うことにも気づけるかもしれません。
- 声かけ例:「さっきはカチカチだった氷が、どんどん小さくなっていくね。見て、お水が出てきたよ。時間が経つと氷はお水になるんだね。」
- 応用:色水で作った氷を使ったり、ジュースを凍らせて溶ける様子を見たりするのも面白いです。
- ゼラチンや寒天が固まる様子:
- 温かい状態から冷やして固まる様子を観察します。変化に少し時間がかかるため、「冷蔵庫に入れてしばらく待ってみようね」「おやつの時間には固まっているかな?」など、待つ時間や少し先の時間への見通しを育む声かけができます。
- 声かけ例:「トロトロだったゼラチンが、冷たいところに入れると固まるんだね。不思議だね。固まるまで、〇〇をして待っていようね。」
- 粘土が乾いて固まる様子:
- 作った粘土が時間とともに硬くなっていく様子を観察します。「乾くのに時間がかかるもの」として、少し長い時間の経過を感じる機会になります。
- 声かけ例:「今日作った粘土、明日はカチカチになっているかな?楽しみだね。乾かすには、お日様の力と時間が必要なんだよ。」
2. 乾く・蒸発する変化を観察する
- 絵の具が乾く様子:
- 絵を描いた後、絵の具が乾いていく様子を観察します。触ってみて、まだ濡れているところと乾いたところの違いを感じるのも良いでしょう。
- 声かけ例:「わあ、素敵な絵が描けたね。絵の具がまだ濡れているから、乾くまでそっとしておこうね。乾くには少し時間がかかるんだよ。」
- 応用:水をつけた画用紙や布が乾く様子を観察する。屋外で日光と風によって早く乾くことを体感する。
- 水たまりがなくなる様子:
- 雨上がりの水たまりが、時間の経過とともに小さくなっていく様子を観察します。「晴れた日には水たまりがなくなる」という予測と、それが実際に起こるまでの時間の流れを結びつけます。
- 声かけ例:「きのう降った雨の水たまり、今日は小さくなっているね。時間が経つと、水はどこに行くのかな?」「明日はもうなくなっているかもしれないね。」
3. 色や形が変わる変化を観察する
- バナナやリンゴの色が変わる様子:
- 置いておくと時間とともに色が変わる果物などを観察します。「時間が経つと食べ物の様子も変わる」という、もう少し長いスパンでの時間の経過を視覚的に捉えます。
- 声かけ例:「このバナナ、買ってきたときは青かったのに、だんだん黄色くなってきたね。時間が経つと色がこうやって変わるんだよ。」
- 切り花がしおれる様子:
- 飾っている花が、水がなくなるとしおれていく様子を観察します。命あるものの変化を通して、時間の経過や変化の不可逆性を感じる機会になります。
- 声かけ例:「お花さん、ちょっと元気がなくなってきたかな?お水がないと時間が経つとこうなっちゃうんだね。」
保育現場での声かけや配慮
これらの活動を行う際は、子どもの興味を引き出し、時間感覚の発達を促すような声かけを意識しましょう。
- 変化の「前」と「後」を結びつける: 「さっきは〇〇だったけど、今は〇〇になったね」「昨日見た時は△△だったのに、今日は□□だね」など、変化する前と後の状態を言葉にして伝えることで、時間の経過に伴う変化があることを明確にします。
- 変化の「速さ」や「遅さ」に言及する: 「これはすぐに変わったね」「これは変わるのに時間がかかるね」といった言葉で、時間の中にも速さの違いがあることに気づかせます。
- 変化するまでの「待つ時間」を意識させる: 「これが固まるまで、お外で遊んで待っていようか」「絵の具が乾いたら、その上に違う色を塗ってみようね」など、待つ時間とその間に何をするかを具体的に示すことで、待ち時間の見通しを持たせます。
- 五感を使った表現を促す: 「どんな風に変わった?」「触ってみるとどうかな?」など、感じたことを言葉にするのを促し、変化への気づきを深めます。
- 変化を記録する: 観察画を描いたり、写真を撮ったりして、変化の過程を記録する活動も有効です。「最初に描いた絵と、今日の様子を描いた絵、比べてみよう!」など、視覚的な記録を通して時間の流れを感じることができます。
- 年齢に応じた関わり:
- 乳児クラス: 変化そのもの(溶けていく様子、固まった感触など)を五感で楽しむことを中心に。「つめたいね」「ドロドロだね」「かたくなったね」など、感覚を言葉にする声かけが中心となります。
- 幼児クラス: 変化の理由や速さ、変化の前後関係に関心を持つよう促します。「どうして溶けるんだろう?」「どっちが早く乾くかな?」など、探求心を刺激する声かけや、予想する活動を取り入れます。集団で観察し、気づきを共有する機会も設けます。
まとめ
氷が溶ける、絵の具が乾くといった身近なものの変化は、子どもたちが抽象的な「時間」を具体的な体験を通して学ぶための素晴らしい教材です。これらの変化を観察し、保育士が適切な声かけや活動の工夫を行うことで、子どもたちは時間の流れ、速さ、長さといった感覚を育み、将来的に時間を見積もったり、計画を立てたりする力の基礎を培うことができます。日々の保育の中で、ぜひこれらの「変化」に目を向け、子どもたちと一緒に時間の不思議を探求してみてください。