「夢中な時間」からのスムーズな切り替え:子どもの気持ちに寄り添う時間感覚アプローチ
活動に夢中な子どもとの切り替え:時間感覚の視点から考えるアプローチ
保育の現場では、子どもたちが遊びや活動に夢中になる姿を見守ることは、成長の喜びを感じる瞬間の一つです。一方で、次の活動へのスムーズな切り替えが難しい場面に直面することも少なくありません。特に、集中して取り組んでいる活動を中断されることへの抵抗は、子どもの発達段階において自然な反応と言えます。
この「切り替えの難しさ」は、子どもの時間感覚の発達と深く関わっています。大人のように抽象的な時間(時計の時間)で行動を調整することが難しいため、活動そのものに没入している間は、時間の経過を意識しにくくなります。本記事では、子どもが活動に夢中な状態から、気持ちよく次の活動へ移行できるよう促すための、時間感覚に寄り添った具体的なアプローチについてご紹介します。
なぜ「夢中な時間」からの切り替えは難しいのか?
子どもが活動に深く没入している時、それは同時に「体感時間」が濃密になっている状態です。楽しい時間はあっという間に感じられ、集中していると周囲の時間の流れを意識しにくくなります。このような状態から活動を abruptly に中断されると、子どもはまだ活動を続けたい気持ちが強く、納得できない、抵抗したいという感情を抱きやすくなります。
また、まだ先の見通しを立てるのが難しい子どもにとって、「終わり」や「次」が曖昧であることも、スムーズな切り替えを妨げる要因となります。時間感覚が未発達な段階では、「もうすぐ」や「少ししたら」といった抽象的な表現だけでは、具体的にいつ活動が終わるのか、次に何が始まるのかを十分に理解することが難しいのです。
子どもの気持ちに寄り添う声かけと環境構成の工夫
子どもが活動に夢中な状態から次の活動へ気持ちを切り替えるためには、一方的に指示するのではなく、子どもの時間感覚に寄り添いながら、緩やかに移行を促すアプローチが有効です。
1. 「予告」する声かけの重要性
活動の終了間際に突然「お片付けの時間だよ」と声をかけるのではなく、事前に終わりの時間を「予告」することが非常に大切です。
- 具体的な声かけの例:
- 「〇〇遊び、あと5分で終わりにするよ。」
- 「この絵本を読み終わったら、手を洗いに行こうね。」
- 「砂時計の砂が全部落ちたら、おしまいだよ。」
- 「長い針が6のところに来たら、お片付けを始めようね。」(時計が理解できる年齢に応じて)
これらの声かけは、子どもに「もうすぐ終わる」という見通しを持たせ、心の準備をする時間を与えます。最初は抵抗する様子を見せるかもしれませんが、繰り返し予告することで、終わりの時間を意識する習慣がついていきます。
2. 時間の「見える化」ツールの活用
抽象的な時間表現だけでなく、砂時計、タイマー、絵カードなど、時間を視覚的に捉えられるツールを活用するのも有効です。
- 砂時計やタイマー: 「この砂時計の砂が落ちるまでね」「このタイマーが鳴るまで遊ぼう」と、子どもと一緒に時間を確認します。終わりの時間が目に見えることで、納得しやすくなります。
- 絵カードや写真: 次の活動の内容を絵カードや写真で示し、「この遊びが終わったら、次はこれをするよ」と伝えることで、先の見通しを持つことができます。
これらのツールは、大人が時間を管理するためだけでなく、子どもが時間を感じ、理解するためのサポートとして活用することが重要です。
3. ポジティブな声かけで「終わり」を受け入れる
活動の終わりをネガティブに捉えさせない工夫も大切です。「もう終わり」「早く片付けなさい」といった声かけではなく、活動そのものや、そこから得られた経験を肯定的に捉える声かけを行います。
- 具体的な声かけの例:
- 「〇〇遊び、とっても楽しかったね!」
- 「集中して作れたね、すごいね!」
- 「今日の続きはまた明日できるよ。」
- 「お片付けが終わったら、〇〇(次の楽しい活動)が待ってるよ。」
子どもの「もっと遊びたかった」という気持ちに寄り添い、「遊び足りない気持ち」を受け止める共感的な言葉も、子どもの気持ちの切り替えを助けます。
年齢別の具体的な関わり方
子どもの時間感覚の発達段階は年齢によって大きく異なります。それぞれの年齢に合わせた関わり方をすることが重要です。
- 乳児クラス(0-1歳): この時期はまだ時間そのものを理解することは難しいです。遊びの終わりを知らせる時は、短い言葉や特定のサイン(おもちゃを片付ける動作、手を洗うジェスチャーなど)を繰り返し行います。終わった後は、抱っこやスキンシップなどで安心感を与えることが、次の活動へのスムーズな移行につながります。
- 1歳後半-2歳クラス: 「もうすぐおしまい」「これでおしまい」といった簡単な言葉での予告を始めます。遊びの区切りで声をかけ、次の活動を短い言葉で伝えます。「お片付けしようね」と遊びの延長のように誘いかけるのも良い方法です。
- 3-4歳クラス: 砂時計やタイマー、具体的な時間の言葉(「長い針が6に来たら」など)を導入し、「見える時間」で終わりの時間を伝える練習を始めます。次の活動を絵カードで示すなど、視覚的な情報も効果的です。自分で遊びに区切りをつける経験を少しずつ促します。
- 5歳クラス: 活動時間を一緒に考えたり、「あとどれくらい遊べるかな?」と問いかけたりするなど、自分で時間の見積もりを立てる機会を設けます。終了時間のアナウンスを当番活動にするなど、時間を意識する役割を与えることも、集団の中で時間感覚を育む良い機会となります。
集団活動での応用アイデア
集団での活動においても、個々の子どもの状態に配慮しながら、時間感覚を意識した切り替えを促すことができます。
- 活動の終わりを知らせる合図(特定の音楽、手拍子など)を決め、子どもたちと共有します。
- タイマーや砂時計をみんなが見える場所に置き、「これが終わったら、みんなでお片付けしようね」と集団での目標を立てる声かけをします。
- 切り替えに時間がかかる子には、「もう少しで終わるよ」「一緒に片付けようか」など、個別に寄り添い、励ましの言葉をかけます。
- 片付けの時間自体を、みんなで協力する楽しい活動として位置づける工夫も有効です。
保護者へのアドバイス例
園での取り組みを家庭と共有し、保護者の方にも子どもとの時間感覚に寄り添った関わりを伝えていくことも大切です。
- 「〇分後」「もうすぐ」といった、具体的な時間や先の見通しを持たせる声かけを家庭でも試してもらうよう伝えます。
- 遊びの終わりを予告する習慣をつけることの重要性を説明します。
- 子どもが楽しい活動から離れたくないと感じるのは自然なことであることを伝え、根気強く、寄り添う関わりをお願いします。
- 園でタイマーや砂時計を活用していることを伝え、家庭でも簡単なものを試すことを提案しても良いでしょう。
まとめ
活動に夢中な状態からの切り替えは、子どもの時間感覚の発達段階や、活動への没入度、その時の気持ちによって難しさが異なります。保育士は、単に時間を守らせるだけでなく、子どもの「体感時間」に寄り添いながら、終わりの予告や時間の見える化、先の見通しを持たせる声かけを通して、子どもが納得して次の活動へ気持ちを向けられるようサポートすることが求められます。
このアプローチは、子どもが時間を意識することだけでなく、自分の気持ちを調整する力や、次の行動への見通しを持つ力など、様々な非認知能力の発達にも繋がります。焦らず、個々の子どものペースや発達段階に合わせて、根気強く寄り添っていくことが、子どもたちの健やかな育ちを支えることに繋がるでしょう。