子どもが理解する「しばらく」「あっという間」:遊びや生活での伝え方
曖昧な時間表現が子どもにとって難しい理由
日々の保育において、「あと、しばらくしたらお片付けの時間だよ」「あっという間だったね」といった時間に関する言葉を子どもたちに使う機会は多くあります。しかし、「しばらく」や「あっという間」といった表現は、具体的な長さを持たないため、子どもにとっては非常に理解が難しい抽象的な概念です。
子どもは発達の段階に応じて時間の感覚を身につけていきますが、初期段階では特定の出来事や繰り返し、ルーティンを通して時間の流れを感じ取ることが中心です。明確な始まりと終わりがある「ごはんはじまるよ」「お歌おわり」などは理解しやすくても、「しばらく待つ」「あっという間に終わる」といった表現は、大人が意図する時間の長さをイメージすることが困難です。
この曖昧な時間表現を子どもに伝えることは、単に言葉の意味を教えるだけでなく、将来的な見通しを持つ力や、時間の流れを感覚的に捉える力を育む上で重要なステップとなります。本稿では、子どもたちが「しばらく」「あっという間」といった感覚的な時間表現を少しずつ理解できるようになるための、保育現場で実践できる具体的なヒントやアイデアをご紹介します。
具体的な出来事や感覚と結びつけて伝える
曖昧な時間表現を伝える上で最も有効な方法の一つは、抽象的な言葉を具体的な出来事や感覚と結びつけることです。
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特定の活動や出来事を区切りにする:
- 「おやつができるまで、あとしばらく待っていてね」
- 「この絵本を1冊読み終わったら、お外に行くよ。絵本を読んでいる間がしばらくの時間だよ」
- 「お友達がみんな集まるまで、しばらくここに座って待っていようね」 このように、「〇〇が終わるまで」「〇〇をする間」といった具体的な行動や出来事を時間の目印として示すことで、子どもは「しばらく」という時間がどの程度の長さなのかをイメージしやすくなります。
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身体的な感覚や状態を利用する:
- 「お外で遊んだから、体がぽかぽかになるまで、しばらくこのお部屋で過ごそうね」
- 「お腹がしばらくしたら、おやつの時間になるよ」 子ども自身の感覚や状態の変化と結びつけることで、より個人的な感覚として時間を捉える助けになります。
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視覚的な補助を取り入れる:
- 砂時計:「この砂が全部落ちるまでが、しばらくだよ」と伝え、実際に砂が落ちる様子を見せる。
- タイマー:キッチンタイマーなどを用い、「このタイマーが鳴るまでが、しばらくの合図だよ」と音で時間の終わりを示す(ただし、音に敏感な子には配慮が必要です)。
- ジェスチャー:「しばらくね」(少しだけ指を広げる、両手を合わせて待つ仕草など)、「あっという間」(手を素早く動かす、パチッと指を鳴らすなど)のように、言葉に加えて視覚的なサインを添えることも有効です。
比較や対比を通して感覚を育む
「あっという間」のような短い時間や、「しばらく」のような比較的長い時間を伝える際には、他の出来事との比較や対比を用いることが理解を助けます。
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「長い」「短い」との比較:
- 「さっきお歌を歌った時間より、このお絵かきの時間の方がしばらく長いね」
- 「おもちゃを一つお片付けするのは、あっという間にできるかな?」 具体的な活動と比較することで、時間の相対的な長さを感じ取る手助けになります。
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遊びの中での活用:
- 「あっという間」競争: 短時間でできる簡単な課題(例: 積み木を3個積む、ぬいぐるみを1つ棚に戻す)を用意し、「どっちがあっという間にできるかな?」と競争形式で行う。
- 「しばらく」待ちゲーム: 鬼ごっこやかくれんぼで、鬼が目を覆う時間を「しばらく数えてね」と伝え、10秒程度待つ体験をする。特定の秒数を数えることと「しばらく」という感覚を結びつける。
年齢別の対応と具体的な声かけ例
子どもの発達段階によって、時間感覚の理解度は異なります。年齢に合わせたアプローチが必要です。
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0歳児・1歳児: この時期はまだ言葉での理解は難しいため、繰り返しや保育士の安定した声かけ、表情、ジェスチャーが重要です。「ちょっとだけね」「すぐだよ」などの短い言葉とともに、優しく声をかけたり、待つ間抱っこしたりするなどで安心感を伝えます。特定のルーティン(ミルクの前に「しばらくお着替えね」)と結びつけて、予測可能な流れを体験させることが中心となります。
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1歳児・2歳児: 簡単な言葉と具体的な行動を結びつけて伝えます。「お砂場でしばらく遊んで、そのあと手洗いしようね」「お歌を2曲歌うまで、しばらく待っていようか」など、次に何をするのかを明確に示します。短い時間の「あっという間」であれば、「はい、あっという間だよ、もうおしまい!」など、区切りを分かりやすく伝えます。
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2歳児・3歳児: 言葉での説明が少しずつ通じるようになります。「このパズルが完成するまでが、しばらくかな」「お絵かきは、この画用紙がいっぱいになるまでしばらくできるよ」など、活動の終わりや区切りをより具体的に示します。砂時計のような視覚的なツールの効果が高まります。遊びの中で「こっちのお山を作る方が、あっという間にできたね!」など、比較を取り入れることも有効です。
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3歳児以上: 簡単な時間経過のイメージや、少し先の出来事と結びつけて伝えられるようになります。「時計の針がここまで動くまでが、しばらくお外で遊べる時間だよ」「お母さん、あっという間にお迎えに来てくれるかな?」など、未来の出来事や約束と時間を結びつけます。絵本や物語を通して時間の流れ(「むかしむかし」「しばらくして」「たちまち」など)に触れることも、言葉の理解を深めます。
集団活動での応用
集団活動においては、共通の時間の見通しを持つために、曖昧な時間表現を全体に分かりやすく伝える工夫が必要です。
- 活動終了の予告: 活動が終わるしばらく前に「あとしばらくでこの遊びはおしまいにします」と声をかけ、視覚的な合図(鈴を鳴らす、特定の音楽を流すなど)を添えます。
- 待ち時間の共有: 集団で待つ必要がある場面(例: 順番待ち、準備ができるまで)で、「みんなでしばらく静かに座って待っていようね」と共通の行動目標とともに伝えます。この際、手遊びや簡単な歌などをしながら待つことで、時間の感覚を紛らわせたり、ポジティブな待ち時間としたりする工夫も有効です。
保護者へのアドバイス例
園での取り組みを家庭と連携することで、子どもの時間感覚の発達をより効果的にサポートできます。
- 家庭での声かけの例を具体的に伝える:「お風呂が沸くまでしばらく絵本を読もうね」「公園まであっという間に着くかな?」など、日常の具体的な状況と結びつけて「しばらく」「あっという間」といった言葉を使うように促します。
- 園で使用している砂時計やタイマーなどのツールの情報を共有し、家庭でも活用できることを提案します。
- 子どもの時間感覚の発達には個人差があることを伝え、焦らず、繰り返し伝えていくことの重要性を共有します。
まとめ
「しばらく」や「あっという間」といった曖昧な時間表現の理解は、子どもにとって時間を感覚的に捉え、生活の見通しを持つための基礎となります。抽象的な言葉を、具体的な出来事、身体感覚、視覚的な情報、他の時間との比較などと結びつけて伝えることで、子どもたちは少しずつこれらの言葉の意味と感覚を掴んでいくことができます。
年齢や個々の発達段階に合わせた声かけや関わり方を工夫し、遊びや日常生活の中に自然な形で取り入れていくことが重要です。根気強く繰り返し伝えることで、子どもたちの豊かな時間感覚を育んでいくことができるでしょう。