「終わり」を理解する時間感覚:活動終了や一日の区切りを伝える保育のヒント
子どもにとって「終わり」の理解が難しい理由
子どもたちが遊びに夢中になっている時や、楽しい活動に取り組んでいる時、活動の「終わり」を告げられると、泣いてしまったり、次の活動への切り替えが難しかったりすることがあります。これは、子どもたちが時間感覚、特に「終わり」という概念を、大人と同じように理解できていないためです。
子どもにとって、「今」という瞬間は非常に強く感じられます。しかし、見通しを持って活動を区切ったり、「もうすぐ終わる」「これで今日はおしまい」といった時間の流れの中での「終わり」を捉えることは、発達とともに徐々に獲得していく能力です。
「終わり」を理解する力は、単に活動をスムーズに終えるためだけでなく、見通しを持って行動する力、自己調整力、そして先の予定への期待感や過去の出来事として振り返る力など、様々な時間感覚の発達の基盤となります。保育現場で、子どもたちが「終わり」を自然に受け入れ、次の活動へと気持ちを切り替えられるようになるためには、意図的な関わりや環境設定が重要です。
発達段階に見る「終わり」の理解
子どもが「終わり」をどのように理解していくかは、年齢や発達段階によって異なります。
- 乳児期(0〜1歳頃): この時期の子どもは、感覚的・身体的な「終わり」を感じ取ります。例えば、お腹がいっぱいになったらミルクや授乳を「終える」、眠くなったら活動を「終える」といった、生理的な欲求の満たされや体のサインによる区切りです。保育士の声かけや抱っこ、環境の変化(眠る場所へ移動するなど)を通して、活動の区切りを感じ始めます。
- 幼児期前期(2〜3歳頃): 日常のルーティンを通して「終わり」を経験し始めます。食事を食べ終わったら片付ける、お散歩から帰ったら手を洗うなど、一連の流れの中での区切りを認識します。好きな遊びを「やめる」ことはまだ難しく、大人の声かけや物理的な環境の変化(片付け始める、次の活動の準備をする)によって促されることが多いです。短い時間の「終わり」への理解も芽生え始めますが、「あと5分」のような抽象的な時間表現はまだ理解できません。
- 幼児期後期(4〜5歳頃): 活動の終わりを予告されると、見通しを持って行動を調整できるようになります。「この遊びはあと少しでおしまいだよ」「これが終わったらお集まりだよ」といった声かけで、終わりの時間を意識し始めます。タイマーや時計の針の動きといった「見える化」された時間によっても、「終わり」を捉える補助となります。一日の終わり、週の終わりといった、より長いスパンでの「終わり」や、それによって次の日が始まるという時間的な連続性も少しずつ理解していきます。
保育現場で実践できる「終わり」を伝えるヒント
子どもたちが「終わり」を理解し、スムーズに受け入れられるようになるためには、様々なアプローチがあります。
1. 「終わり」の見える化
抽象的な時間を理解しにくい子どもにとって、「終わり」を視覚的に示すことは非常に有効です。
- 砂時計やタイマー: 遊びの終了時間を示す際に、「この砂が全部落ちたらおしまいだよ」「このタイマーが鳴ったらお片付けしようね」と具体的に示します。時間の長さを体感することにもつながります。
- 絵カードや写真: 活動の順番を示す絵カード(活動の見通し)の一部として、「おしまい」のカードを用意します。活動が終わる前に「次はこれ(おしまいのカード)だよ」と見せることで、終わりの予告になります。
- 時計の針: 幼児クラスでは、時計の針が特定の場所に来たら活動を終える、というルールを設けることも有効です。「長い針が〇に来たらお片付けね」など、具体的に指差しで示します。
- 片付けカゴやスペース: 片付けの合図として、特定のおもちゃを片付ける場所やカゴを明確に示します。「このカゴがいっぱいになったらおしまい」など、物の量で区切りを示すこともできます。
2. 具体的な声かけと予告
漠然と「もうすぐ終わるよ」ではなく、具体的に、そして複数回予告することで、子どもは心づもりをすることができます。
- 時間的な予告: 「あと〇分でこの遊びはおしまいだよ」「この絵本を読み終わったら、お片付けの時間だよ」など、時間の長さや次の出来事と関連付けて伝えます。
- 具体的な行動を促す声かけ: 「あと〇分で終わりだから、おままごとのお料理、もう一つ作ったらお片付けしようね」「ブロック、あと〇個積んだらおしまいにして、みんなでお片付けしようね」など、終わるまでの短い時間にできる具体的な行動を提案することで、終わりへの移行を助けます。
- 終わりの合図: 特定のチャイム、手遊び歌、フレーズなどを終わりの合図として決め、繰り返し使うことで、子どもは音や行動で「終わり」を感じ取れるようになります。
- 振り返りの声かけ: 活動後や一日の終わりに「今日は〇〇をして、△△になって、おしまいだったね」と、出来事の流れを振り返る声かけをすることで、過去の出来事として時間の区切りを意識する機会となります。
3. 日常生活や遊びの中での工夫
遊びや日常生活の中に「終わり」を自然に経験できる機会を設けます。
- 終わりがある遊び: パズルやブロックの完成、ドミノ倒し、制限時間のあるゲーム、絵の完成など、達成や完了という「終わり」がある遊びを取り入れます。
- 役割分担のある活動: みんなで協力して短時間で何かを完成させる活動(例:新聞紙をちぎって一つの袋に入れる、箱に積まれた積み木を崩すなど)。「これが全部終わったらおしまい!」という目標設定が、終わりの意識を促します。
- 食事や着替えのルーティン: 「食べ終わったらごちそうさま」「着替えが終わったらお外に行こうね」など、一連の生活動作の中に自然な「終わり」と次の活動へのつながりを含めます。
- 一日の流れの確認: 朝の集まりなどで、今日の一日の流れ(午前のおやつ、今日の活動、お昼ご飯、午睡、午後のおやつ、帰りの集まりなど)をイラストや写真で確認します。「これが終わったら次は何かな?」と子どもたちと一緒に追うことで、活動の終わりと次の活動への見通しが育まれます。
「終わり」の受け入れが難しい子への寄り添い
時間感覚の発達には個人差があり、「終わり」の受け入れに時間がかかる子もいます。そのような子どもには、より丁寧な関わりが必要です。
- 予告の回数を増やす: 活動が終わる15分前、10分前、5分前など、複数回に分けて予告をします。
- 気持ちに共感する: 「まだ遊びたいね」「もっと続けたいね」と子どもの気持ちを受け止めつつ、「でも、もうお片付けの時間だよ」「次に楽しい〇〇があるよ」と優しく伝えます。
- 代替案を提示する: 「今日の続きは明日また遊ぼうね」「お家でも同じような遊びができるかな?」など、完全に終わるわけではないという安心感を与えたり、次の機会への期待を持たせたりします。
- 選択肢を与える: 「先にお片付けする? それとも、お片付けの歌を歌ってからにする?」など、終わりの行動に関する小さな選択肢を与えることで、自分で決めたという感覚を持たせ、主体的な切り替えを促します。
保護者との連携
家庭でも園と同じように「終わり」を意識した関わりをしてもらうことは、子どもの時間感覚の発達を促す上で非常に有効です。
- 園だよりや連絡帳で、「園では〇〇といった方法で、活動の終わりを伝えています」と具体的な方法を紹介する。
- 家庭でのテレビや遊びの時間など、区切りを設ける際のヒント(例:タイマーを使う、見る前に「あと〇分見ようね」と約束するなど)を伝える。
- 「終われない」状況への対応について、園での様子や対応を伝え、家庭での困り感について話し合う機会を持つ。
まとめ
子どもが「終わり」を理解することは、時間感覚全体の発達において重要なステップです。活動の終了や一日の区切りを適切に伝えることで、子どもは見通しを持って行動できるようになり、次の活動へのスムーズな移行が可能になります。これは、落ち着いて集団生活を送る上でも、自己調整力を育む上でも不可欠な力となります。
保育現場では、砂時計や絵カードなどの「見える化」ツール、具体的で複数回の予告、そして日常生活や遊びの中に自然な「終わり」を経験できる機会を設けることが有効です。また、「終わり」の受け入れが難しい子どもには、寄り添いながら根気強く関わることが大切です。
「終わり」を意識した日々の関わりを通して、子どもたちが時間の流れを肌で感じ、心地よく一日を過ごせるよう支援していくことが、私たちの役割です。